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act.8月虹ワルツ<313>

* * * * * * 会わせたい人がいる。そう言われて突然呼び出されたのは母のオフィスだった。昼食もそこそこに向かった聖は、連絡を無視し続けている馨が待ち構えているのではないかと恐れる気持ちを抱えていたが、その予想は外れ、これからマネージャーとしてつくのだという柔和な雰囲気の男性を紹介された。 「江波といいます。これからどうぞよろしく、聖くん」 年下の聖相手には程よくカジュアルに、でも恭しさは持ち合わせた絶妙な口ぶりで彼は頭を下げてくる。 聖も彼に倣って頭を下げ返したが、急にビジネスパートナーだと言われてもどう接していいかが分からない。もう少し説明が欲しいという意味でリエを見つめると、彼女はパソコンから目を離さないまま聖の要望に答えた。 「ドラマも決まったし、それに伴って色々と仕事も増えていくでしょう?私じゃ管理しきれないから。彼は元々俳優の経験もあってアドバイスも貰えるだろうし、ちょうどいいと思って」 年齢は二十代後半か、もしくは三十を少し過ぎたぐらいだろうか。とびきり整った容姿をしているというわけではないが、姿勢の良さが目を引く。表舞台に立った経験があると言われても、それほど驚きはしなかった。 「これからのこと、少しお話しましょうか」 それ以上付き合うつもりはないと言いたげに忙しなくマウスとキーボードを操作するリエの様子を見て、江波が場所を移動することを提案してきた。 彼の先導で向かった先はフィッティングルームとしても使うことのある会議室。誕生日に葵と過ごした場所でもある。真っ赤なソファの上で何をしたのかを自然と思い出して口元が緩みかけるが、コーヒーでいいかと問われたことで慌てて澄ました顔を取り繕う。 「自己紹介がてら、一応用意してきたんですけど見ます?」 気まずい空気の中待っていると、江波は淹れたてのコーヒーと共に封筒を一枚差し出してくる。中身は履歴書と職務経歴書だった。こうした書類を見る機会は初めてで、いやでも興味が湧いてしまう。 「……へぇ、今年で二十六なの?もっといってると思った」 「よく言われます。多分これのせいじゃないですか?」 失礼な物言いに気を悪くするでもなく、江波は自身の目尻を指差した。少し垂れ目がちな彼の目元には、笑い皺が刻まれている。確かに、それが実年齢以上に見せている要因かもしれない。 「俳優はいつやってたの?」 「大学で演劇サークルに入っていて、卒業後もたまに友人が主催する舞台に出てたってぐらいです。そんなに大したものじゃありませんよ」 「ふーん。今はもうやってないんだ?」 書類を片手に質問を重ねるなんて、まるで面接の真似事のようだ。聖の質問に対し、江波は澱みなく回答していく。きっとこうしたやりとりを何度も繰り返した経験があるのだと思わされた。 表舞台に立つよりも裏方として支えるほうが性に合っていると気が付いてから、大学卒業後イベント制作会社に就職し、そこで出会った人の縁で芸能事務所に転職。俳優やタレントの面倒を何人か見ているうちに、リエから声が掛かったのだという。

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