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act.8月虹ワルツ<314>

「母さんとはどういう知り合い?」 「僕が担当してた子が、フィエロのファンでね。公言してたら展示会に招待してもらう機会を得られて、そこで」 芸能界にもリエのブランドを好む人間は多い。下手に広告を打つよりも、彼らに身につけてもらうほうがよほど宣伝効果があると見込んで、リエが積極的に動いていたこと思い出す。聖や爽を自社モデルとしてではなく、もっと広い世界に放り込みたがっていたのも、そうした利益を見込んでだろう。 「江波さんはそれまで担当してた子全部放ってこっち来たの?」 話を聞く限りは、真面目に仕事に取り組んでいたように思う。それなのに特別親しい間柄でもなかったはずのリエに声を掛けられたぐらいで職場を移す行為が、聖には信用ならない相手だという印象を植え付けた。 だから棘のある物言いをしてしまう。よほどいい条件を提示されたにしても、江波を信じていたタレントたちを思うと嫌な気分になるのは否めない。 江波は聖の言葉を受けて、少し驚いた顔をしてみせた。 「あ、えーっともしかしてリエさんは何も話してない?」 「どういうこと?」 「僕がこの会社に入るんじゃなくて、聖くんがうちに所属する話になってるんだけど」 まず前提が違っていたわけだ。そういえば履歴書には芸能事務所に入社したことは書いてあっても、退社した時期は書かれていなかった。 「じゃあ爽くんも知らないのかな」 「爽も入んの?」 「うん、モデルの仕事も次から事務所を通しての受発注って流れになるから。そっか、本当に全然伝わってなかったんだね」 初対面だからとある程度丁寧に接するつもりで来た江波も、リエがここまで何も話していなかったとは想像していなかったようだ。 「いつもこうだから」 何もかも自分勝手に決めて振り回してくる母親には慣れている。諦めに近い言葉を口にして椅子の背もたれに寄りかかれば、江波は同情するような目を向けてきた。 「もしかして仕事にはあんまり乗り気じゃなかったりする?今度のドラマの話もそうだし、もっと幅広くやりたいって聞いてたけど」 「それは自分で受けるって決めた。仕事が欲しいのは事実」 聖の回答に江波はあからさまにホッとした表情になった。新たに担当した相手が初めから全くやる気がなければ相当に手を焼かされるとでも思ったのだろう。 それじゃあ、と江波はようやく今日の本題に入り始めた。 秋から始まる例のドラマは、主役の男女が恋愛を繰り広げる漫画原作の学園物。引っ込み思案な少女が、人気アイドルグループで活躍する少年とひょんなことから出会い恋に落ちるベタな設定の話だ。 聖は主人公と同じグループに所属するメンバーの一人。物語の中で主人公たちの恋愛の間に割って入り、三角関係を演出する役どころだ。 「このグループを実際に動かしてデビューさせようって話が急に出てね。かなり無茶なスケジュールなんだけど、ドラマの宣伝にもなるからってどこも乗り気になっちゃって」 江波がそう言って取り出したのは、ドラマの中で活躍するアイドルグループの資料だった。ドラマ内で歌や踊りのシーンがあることは知っていたが、資料には実際に観客を入れてライブをすることや、歌番組に出演する計画が記されていた。当然のようにCDのリリースも企画されているらしい。

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