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act.8月虹ワルツ<315>

「え、マジで?こんなの聞いてないんだけど」 「うん、プロデューサーの思いつき。現場はものすっごくバタバタしてる。けど全員、これからどの事務所も売り出したがってる若手の俳優さんだし、皆挑戦には前のめりなんだ。聖くんはどう?」 聖は本格的に演技の仕事をやってみたくて、このオーディションを受けただけ。こんな話に広がるなんて思いもしなかった。アイドルの真似事をしたいわけではないし、歌もダンスも経験がない。撮り直しの効く場でならまだしも、短期間で詰め込んだところで披露できるレベルもたかが知れていると思う。 だが、他が乗り気だと聞かされた以上、新人の聖が一人ごねたところで、クビにされるのがオチだろう。 「やるしかないんでしょ?」 「……まぁ、ね。僕も全力でサポートするから」 そう言われても、実際に体を張るのは聖の仕事だ。ハードなスケジュールを予測して聖は深く溜め息をついた。これでは生徒会の活動にどれほど参加できるかも分からない。 「今聖くんが通ってるのってかなりの進学校だよね?勉強についていくのが大変だったら、芸能コースがあるところに転校するのはどうかってリエさんが言っていたけど……」 「それはしない、絶対に」 江波の言葉を遮って言い切ると、彼は一瞬目を丸くしたあと真剣な顔つきで問いかけてきた。 「両立したいってことだね?すごく立派な心がけだと思うけど、実際かなり大変だと思う。それでも挑戦する?」 「うん、やる」 「分かった、じゃあ二人三脚で頑張ろう」 聖が迷うことなく言い切ると、それに応えるように江波も真っ直ぐにこちらを見据えてくる。 江波の話ではドラマの撮影に先んじて、同じアイドルグループのメンバーを演じる俳優たちとの顔合わせや稽古がスタートするのだという。その事実だけでも聖の気を重くさせるのに、聖とは違って皆基礎的なレッスンは事務所で受けているはずだと聞いてますます嫌になる。 今まで何事にも爽の少し上を行き、そつなくこなしてきた聖にとって、ビリからのスタートは屈辱的だからだ。 「それからモデルのオファーも来てるんだけど、もし聖くんが立て込んでるなら爽くんに回してってリエさんが。どうかな?興味ある?」 そう言いながら江波が渡してきた資料の表紙にはアルファベットで“K”と記されている。見覚えのあるロゴに、聖は彼からひったくるように紙を奪う。中には馨が以前見せてくれた、葵の小さな頃の写真のサンプルや、実際に写真を展示するスペースの完成予想図が掲載されていた。 「爽にはもう言った?」 「あぁ、いや、聖くんに来ていた話だし確認してからと思って。近いうちに爽くんにも挨拶はしておかないといけないけど」 顔合わせの段取りをイメージする江波の口調はのんびりとしていて、聖の焦りには全く気が付いていないようだ。 「断るって選択肢はない?」 「撮り下ろしの写真はリエさんが衣装を担当するって聞いてるし、もうやるってことで話は付いてるんじゃないかな。何か気掛かりでもある?」 大アリに決まっている。でもそれを初対面の江波に相談するわけにもいかない。自分と葵、そして馨の関係を何もかも話さなければならないからだ。

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