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act.8月虹ワルツ<317>

「同じ学校に通ってる」 「……そっか、なるほど。特別に親しい関係って認識でいいのかな?」 何かを聞かれる前に聖は無難な事実を口にしたというのに、彼はもう一歩踏み込んできた。爽と二人で葵を挟み、頬を寄せ合って撮った写真だ。それを待ち受けにしている時点で、聞かなくたって分かるだろうに。 「どこかで携帯を落としたり失くしたりする可能性があるから、待ち受け画面は持ち主が分からないものにしよう。いくらロックを掛けてたって、見えちゃう部分だからね」 江波は少し思案したあと、あくまでマネージャーらしい助言を与えてきた。確かにそれはその通りだ。迂闊だったと思う。だから聖はすぐに携帯をいじって待ち受けをオリエン中に撮った風景の写真に変更した。 「これからもっと表に出る存在になるわけだし、気をつけていこう」 「爽にも言っとく」 「ありがとう、助かるよ」 弟も同じ画像を待ち受けにしていた。そのことを思い出して口にすれば、江波は目尻を下げて笑った。 江波とはまた明日会う約束を交わした。事務所の社長やスタッフへの挨拶をするためだ。宣材写真の撮影についても打ち合わせがしたいらしい。それなら爽も連れていくのが筋だろう。必然的に聖が事の経緯の説明や、誘う役目を担わされたことには不満だったが、致し方ない。 「寮まで送るよ」 「平気、寄りたいとこあるし」 江波にはそれほど嫌な印象は持たなかったが、いきなりマネージャーとなった男にべったり張り付かれるのは心地のいいものではない。帽子を被っただけの簡単な変装を済ませた聖の姿に江波は少しだけ心配そうな目を向けてきたものの、手を振って駐車場へと向かっていった。 でも別れてすぐに空からポツポツと雨が降り出してくる。傘は持ち合わせていない。思わず江波のほうを振り返ると、彼はすでに助手席の扉を開けて聖を待ち構えていた。 「せっかくだから経費でコーヒーでも飲んでいきます?」 聖がシートベルトを締めるのを確認すると、江波は悪戯っぽい笑顔を向けてくる。一人になりたい。そう思っていたはずなのに、不安に押しつぶされそうだったのも事実。黙って頷くと、車は静かに走り出した。 カーステレオからはラジオが流れている。江波は消そうかと尋ねてきたが、付けたままでいいと答えた。落ち着いた声音のパーソナリティが他愛もない日常を綴ったメールを読み上げ、リクエスト曲を流していく。普段はラジオなど全く聞かないけれど、気まずい沈黙を埋めるコンテンツとして優秀なのだと感じた。 会うことを止められているはずの馨が、どうやって葵を撮影に誘い出すつもりなのだろうか。ここまで準備を進めているということは、馨なりの算段があるに違いない。そもそも、彼は葵の実親。西名家から取り戻すことだって、藤沢家の反対がなければ当然の権利として行使できるはずだ。 そんなことが起きずに済むのが一番だけれど、万が一の場合、撮影の場に同席できるなら葵を連れて逃がしてやることが出来るかもしれない。だから今この時点で馨との接点を完全に切るのは得策とは思えなかった。 江波が運転に集中しているのを横目で確認し、聖は馨から不定期に届く連絡を遡る。 “もう一度話をしよう” 文字だけでもあの甘い声が蘇ってくる。彼は聖と何を話したいのか。聖に何を求めているのか。得体の知れない存在が恐ろしい。 聖はラジオのボリュームを上げて、耳から離れない馨の声を誤魔化そうと試みた。

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