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act.8月虹ワルツ<322>
* * * * * *
夕方たっぷりと眠ってしまったおかげか、寝支度を整えてもまだ眠気が訪れる兆しはなかった。今夜は三人横並びで寝たいという葵のリクエストが通り、遥の部屋に来客用の布団を二枚広げてみたが、そこに寝転がるにはまだ早い。
それは普段夜更かしに慣れている冬耶や遥も同じなのだろう。ベッドを背もたれにして座る二人はちっとも眠くなさそうに見える。
「譲二さんも誘って四人でトランプする?」
お喋りだけでも十分に楽しいが、手持ち無沙汰になった時に備えて持参していた。譲二は晩酌をしながら本を読むと言っていたが、誘えば付き合ってくれると思う。
以前遥と三人で勝負をした時は、ポーカーフェイスに見える譲二の些細な変化を見逃さない遥のやりとりが面白かった覚えがある。冬耶も居たらもっと盛り上がるに違いない。
でもカバンを漁ろうとした葵を遥が引き止めてきた。真ん中においでと言われて素直に彼らの間に向かう。
この一週間、京介と都古の真ん中で眠ってこなかったから、こうして両側に温もりを感じるのがこの上なく葵を安心させる。ただ穏やかに会話を重ねるだけでも十分に満たされるのかもしれない。
「なぁ、葵ちゃん。練習する?」
並んだ足の長さで自分の小ささを思い知っていると、左隣の遥が尋ねてくる。
「何の練習?トランプ?混ぜるのは上手になったよ」
「そうじゃなくて、このあいだの」
耳元で囁くように告げられて、先週の出来事だと気が付くことが出来た。ああした行為は普通のことなのだと言われたけれど、冬耶の居る場で話題に出されるとは思わなかった。
彼らの間に隠し事がないことは知っている。どちらかに話したことがいつのまにかもう一方にも伝わっていることがよく起こっていた。でもこんなことまで共有されているのだろうか。
「お兄ちゃんに言ったの?」
「葵ちゃんに教えたよって。ダメだった?別におかしいことじゃないって言っただろ」
「でも、だって……恥ずかしい」
チラリと冬耶の顔を覗き見れば、彼は困ったように笑っている。どんな風に話したかは知らないが、どうにも居た堪れない気持ちに襲われた。
「あれから一人で出来た?」
もうこの話題は終わりにしたいのに、遥は構わずに質問を続けてくる。二人相手に嘘が付けるとも思えなくて、葵はただ首を横に振って答えた。
「じゃあ、しようと思った時はある?」
二人が葵に向ける視線の種類を知りたくなくて、今度は俯いたまま頷いてみる。
引越した日の夜、幸樹の部屋を訪れた時には胸元を弄られただけでなく、別れ際に深いキスを与えられた。あの時も幸樹を恨めしく思いながら、自分の体に手を伸ばそうと考えた。櫻や忍におやすみのキスを与えられるだけでも体が火照りを覚えたし、今日の都古との一件もそうだ。
でも時間が経てば妙な気分は治ってくれる。無理に試さなくても、とも思ってしまう。
「また無茶な方法で我慢したの?体に良くないって言ったのに」
「無茶な方法って?」
それまで黙っていた冬耶が遥の言葉に初めて反応した。
「怖いこと思い出して治めてたんだって」
「え……嘘だろ?」
「本当。な、葵ちゃん」
遥に告げた時と同じような反応を冬耶はしてみせる。痛ましいものでも見るような目を向けられて、それがよほど褒められた行為ではないことを知る。
学校を休んでいるあいだ、入浴中にも似たような症状に悩まされたことも打ち明けた。扉の向こうで待っていた冬耶に声を掛けようとも思ったが、一ノ瀬のことを思い出したら自然に熱が引いていった。そんな話をすると、冬耶の顔色がますます悪くなる。
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