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act.8月虹ワルツ<324>

それから葵が期待していた通り、譲二も交えてトランプで遊ぶ流れになった。何のゲームをやっても記憶力が抜群に良い冬耶や駆け引きが上手な遥が優位で、葵は譲二とビリを争ってばかりだったけれど、賑やかな夜は楽しいものだった。 昼寝のせいだけではなく、大好きな人に囲まれて少しはしゃぎすぎたのかもしれない。日付が変わる前にはお開きになったけれど、二つ並べた敷布団の真ん中に寝転がり、部屋の明かりが落とされても、葵にはまだ眠気が訪れなかった。 「ほら、もう目瞑って。明日寝坊したくないだろ?」 遥はぱっちりと瞼を開いた状態の葵に布団を掛けて眠りを促してくる。 「でもまだ眠くないよ」 「疲れてるはずなんだから、ちゃんと眠れるよ」 「……遥さんももう寝る?」 一人だけ寝かしつけられるのは寂しい。そう訴えれば、遥も笑いながら布団に潜って目を閉じてみせた。ただのポーズだと思ったのに“おやすみ”と言い残してからは、こちらを向いてくれない。 いつも葵が先に眠りについてばかりだから、取り残されるのには慣れていなくて思わず冬耶のほうに縋ってしまう。 「大丈夫、あーちゃんが眠るまで起きてるから」 兄は葵が何を怖がっているかをすぐに汲み取って、腕を差し出してくれる。枕代わりにしていいという意味だ。迷わずに頭を預けると、いつもの香水ではなく爽やかなグレープフルーツの香りがふわりと漂ってくる。今夜選んだバスソルトの匂いだ。 「旅行、楽しかったね。今日みたいに皆でお風呂に入って、トランプして、こんな風に一緒のお布団で寝て」 今日の出来事は、彼らが卒業する前に葵を誘い出してくれた日のことを思い起こさせた。特急電車に一時間ほど揺られて辿り着いたのは有名な温泉地。立ち並ぶ宿泊施設の中で、彼らは露天風呂の付いている客室を予約してくれていた。 帽子を手放せない葵にとって温泉はハードルの高い場所だったが、客室にあるなら湯船に浸かることも浴衣を纏うことも、人目を気にすることなく楽しむことが出来た。 何より、葵のために二人が時間を割き、準備をしてくれたことが嬉しかった。卒業を前にどうしても塞ぎ込みそうになっていた気持ちを和らげてもくれた。 「また三人でどこかに遊びに行こうか、泊まりがけで」 遥は今一時的に帰国しているだけで、近いうちにフランスに帰ってしまう。冬耶のいう“また”がいつの日になるのか分からない。でも葵の励みになる誘いだった。 「ねぇお兄ちゃん、寝る前にもっとぎゅってしたい」 「いいよ、おいで」 歓迎する言葉と共に枕にしていた腕が葵の頭を引き寄せ、望み通りきつく抱き竦められた。また甘さよりもどこかほろ苦さを感じる柑橘の香りが葵の鼻腔をくすぐる。 「お兄ちゃんとおんなじ匂いしてるかな?」 「うん、してるよ」 尋ねたところで確かめようがないけれど、お揃いの匂いに包まれているというだけでいつもどこかで燻っている寂しさが癒えていく。自然と眠気も訪れてくれそうだった。 でも瞼を閉じる前に心残りを一つ、解消しておきたい。

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