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act.8月虹ワルツ<326>

* * * * * * 幼い頃から実年齢以上に見られてきた自負はある。持って生まれた見た目だけでなく、何事にも動じる素振りを見せないよう教育されてきたことも理由だろう。 でも今朝は“落ち着きなさい”と呆れた顔で注意をされた。記憶している限り、姉にそうして嗜められた経験は初めてだ。これから向かうと連絡があっただけでソファから腰を上げた様子が、姉の目には随分浮かれて見えたらしい。 「臣が居なくて良かったわね。そんな貴方を見たらきっと葵ちゃんに絡むわよ。忍が持っているものは皆欲しがるんだから」 それを忍が一番理解しているから、今回演奏会に葵を伴うことや、衣装を貸すためにうちに立ち寄ることを彼の耳に一切入れないよう配慮したのだ。 忍の持ち物を欲しがるだけなら同じものを買い与えればそれで臣の気は済む。だが葵はそうもいかない。恋人ではなく後輩だと説明したところで、忍が大事にする相手というだけで興味を持つに決まっていた。 恵美は末の弟を甘やかしがちだから、きつく口止めをしていなければきっと葵の情報を漏らしていただろう。口では“良かった”なんて言いつつ、面白いものが見られなくて残念とでも言いたげな顔をしながらティーカップを傾けている。 「でも、本当に二人で大丈夫?今からでも臣に事情を話して連れて行ったら?」 恵美にこうして確認をされるのはこれで二度目。 彼女は葵が過去にジャケット写真のモデルを務めたCDを所持していた。だから忍が説明せずとも、葵が藤沢家の子息だということはあの日察してしまったようだ。むやみにバラすつもりはなかったがこればかりは仕方ない。 それに、今回演奏会に連れて行くにあたって、忍の良き相談相手にもなってくれていた。恵美には葵が今藤沢家の生まれであることを公にせずに暮らしていることしか伝えていないが、賢い彼女はそれで十分に理解を示した。 恵美に別の予定さえなければ同伴してもらうのがベストだと思うが、彼女から提案されたように弟を連れ添わせるのは正直なところリスクしか感じられない。 「今日は臣の面倒をみてやる余裕はないだろうから」 足手まといになると伝えれば、勧めたわりに恵美もその意見は否定できない様子でそれ以上議論を続けようとはしなかった。 葵がやってきたのは約束していた時間の少し前。玄関まで出迎えに行くと、そこには葵だけでなく、あまり見たくない顔が二つ並んでいた。昨夜共に過ごすとは聞いていて、彼らが送り届けることも覚悟していたが、家の中まで上がり込んでくるとは思わなかった。 「今日はよろしくお願いします」 「あぁ、よろしく。緊張してるのか?」 「少しだけ」 笑顔がわずかに強張っていることに気付いて指摘すると、葵は素直に打ち明けてきた。 今でこそ学園内では懐っこい印象の強い葵だが、以前の彼は幼馴染や兄の背中に隠れ出来るだけ目立たぬように息を潜めていた。慣れぬ格好をして、他人ばかりの空間に向かうのは緊張しないわけもないだろう。 「大丈夫、俺がついているから」 誘い出したからには責任を持ってエスコートするつもりだ。言い切ってやると、葵は真っ直ぐにこちらを見上げて頷いてきた。こんな一言で不安が完全に拭えたわけではないだろうが、少なくとも頬は緩んでくれる。

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