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act.8月虹ワルツ<337>

「誰からのプレゼントかは聞かないんだ」 櫻が黙って受け取ろうとすると、律は途端に花束を背に隠して嫌な笑みを浮かべる。 彼が葵からの贈り物を手にしているということは、直接接触したということだろうか。もしかしたら忍の親戚という嘘は見破られ、櫻にとって特別な相手だとバレてしまったのでは。瞬時に頭の中で悪い想像が駆け巡るが、ここで動揺を見せては奴の思い通りになる。 「お前と必要以上の会話をしたくない」 「つれないね。それが兄さんの代わりに挨拶回りをしてきた可愛い弟に言うセリフ?」 どこが“可愛い弟”なんだか。言い返したくなる気持ちを堪え、彼が櫻の正面の机上に腰を下ろすのを見届けた。 従兄妹同士で結婚した両親の元に生まれた律は月島家の血が濃い。だから顔の造作が櫻ほど特別に整っているわけではないが、いつもニコニコと笑っている律はどこへ行っても可愛がられている。男女問わずあらゆる意味でよくモテるのだ。 身に染みこんだ品の良さと、年齢ゆえの爽やかさもあいまって、彼は典型的な好青年を地でいっている。そして実際彼は周囲からとてつもなくいい子だと評されている。欠点など見当たらない、と。 順当にいけば、月島家の血を立派に引き継いだサラブレッドである律は文句なしにいずれ当主の座が手に入る本家の長男として生まれてくるはずだった。でも一ヶ月早く、愛人の子である櫻が生まれてしまった。三月生まれの櫻と四月生まれの律。学年の違いも大きい。 それでも櫻が本家に引き取られることがなければ、律は長男のままで居られたはずだった。 番狂わせによって次男に成り下がった律の不運を周囲は憐れみ、同情している。そしてそんな境遇に置かれても明るく健気に振る舞い、疎まれ者の兄を唯一気遣う律はますます愛されるのだ。 しかし、月島家の一員である律が純粋で心根の真っ直ぐないい子であるはずもない。兄の存在よりも、周りのお節介な同情が律を歪ませた。 「これ、忍くんからだって受付に書いてあったけど、いつも花なんて贈ってたっけ?兄さんの好きなブランドの紅茶とかチョコレートじゃなかった?それにこのカード。忍くんの字ってこんなんじゃないよね」 律はすでにこの花束の贈り主が忍ではなく、彼が親戚として連れ添ってきた葵であることは見抜いているのだろう。その上でこうしてまわりくどく問い詰めてこようとするのは意地が悪い。こんなところだけ似た者同士の兄弟だと思わされる。 「忍に確認すれば?」 「そうしたかったけど、忍くんとはさっきちょっとしか顔合わせられなかったんだよね。俺も兄さんのフォローで忙しかったし、忍くんも常に人に囲まれてたしさ」 その言葉を信じるなら、まだ律と葵はロクに会話をしていないということだ。 櫻以外には性格の悪さを感じさせずに好青年の仮面を被り続ける律のことだから、仮に葵と対面したとて嫌な思いをさせることはないとは思う。だが、出来ることなら絡んでほしくはない。もちろん、それも覚悟の上で招待をしたわけだけれど。 「ねぇ、兄さんは知ってる?今日忍くんが連れてる遠縁の子」 「連れて来るって話は聞いてる」 「ふーん、どんな子?北条の家にあんな子居た?ずっと手繋いでたし、忍くんがめちゃくちゃ可愛がってるって感じだったから、本当にただの親戚なのかって皆噂してたよ」 心配していたが、どうやら彼らはそれなりに楽しんでいるらしい。少なくとも忍はデートを満喫していると知って安堵させられる。

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