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act.8月虹ワルツ<344>

演奏会の合間に設けられた昼食会。かしこまった場だったらどうしようかと葵は不安だったのだが、忍が言ってくれた通り本当にカジュアルなものだった。 エントランスよりもさらに大きなシャンデリアがぶら下がった広いフロアで、並べられたテーブルの料理を好きにとって楽しむ、いわゆる立食形式のパーティ。マナーや作法も殆ど関係なく食事が出来そうで葵は安心した。 でも忍は葵を少しでも一人にするのを嫌がって料理を取りに行くにも、飲み物を貰うにも、必ず一緒についてきてくれる。忍が行く場合も葵を付き添わせる。この空間で異質な自分を気遣ってくれていると分かるからこそ、葵は忍に対して申し訳なくてたまらなかった。 だから葵は空になった皿を忍に見咎められて、もういらないというジェスチャーをとった。 「葵、もういいのか?ほら、あれなら食べられるだろう?」 「いえ、本当にお腹いっぱいで」 「まだ少ししか食べていないじゃないか」 忍がそう表現するのも大袈裟ではないほどの量しか食べていない自覚はあるが、お腹がいっぱいだというのも嘘ではなかった。 「少し無理をしてでも口に入れないと、早く良くならない」 「それは分かってるんですけど」 「薬を飲むにしたってこの量じゃ心許ない」 「でもやっぱりこれ以上は……」 出先で気分が悪くなったら忍に迷惑がかかる。それが嫌で葵は断っているのだが、忍は微塵も気にしていないようだ。むしろ葵の小食が気になって仕方ないらしい。 半ば強引に新たな料理を皿へと盛り付けられてしまう。どうしようかと葵が困っていると、背後から文字通り救いの手が差し伸べられた。 「無理強いしちゃダメだよ」 そんな言葉と共に爪を綺麗に切り揃えた白い手が忍の持つ皿にかかり、奪っていった。振り返ってその手の持ち主を見やると、そこには開演前に一瞬だけ顔を合わせたタキシード姿の少年が立っていた。 「これ俺に頂戴、忍くん」 屈託のない笑顔と、弾むような声音。わずかに茶色がかった髪の毛先がところどころ跳ねていてかしこまった格好にはミスマッチだが、年相応で憎めない印象を与える。 「さっきはきちんと挨拶出来なくてごめんね。兄さんのお世話してたからバタバタしてて」 「櫻は?」 「スポンサーに失礼な態度とりかねないからってリハーサル室に閉じ込められてる。多分本番まで逃げられないと思う」 変わらぬ笑顔で不穏な単語を並べる彼が少し不気味に思えて、葵はつい忍の袖を引いてしまう。月島家の事情に立ち入る権利はないのだと分かってはいるが、櫻の扱いがあまりにも酷くてたまらなく胸が痛くなる。 でもおそらく彼らにとって特別なことではないのだろう。忍は葵を落ち着かせるように肩を抱いてくれたけれど、言葉でフォローすることはしなかった。

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