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act.8月虹ワルツ<354>
「江波さん、嫌い?」
「別に。ロクに喋ってないし」
後を追うように肩を並べてきた聖がストレートな疑問をぶつけてくる。咄嗟にはぐらかしたが、聖に通用するとは思わなかった。
ただ聖はそれ以上江波への態度を追及してくることはなかった。このまま続けてもお互い不本意な喧嘩になりかねないことが分かっているからだろう。それに寮のエントランスに見知った顔があったことも会話が途切れた理由の一つ。
爽たちの姿を見つけるなり大きく手を振ってきたのは小太郎。彼とはこのあと一緒に出掛ける約束をしていた。身だしなみを整えることに興味を持ち始めた彼にアドバイスをしてやる。そんな目的のはずだったが、小太郎の格好はどうにもやる気が感じられない。
「それで外行く気?」
聖も同じことを感じたようだ。小太郎に近づくなり、ダメ出しをしてみせる。
オリエン中にも見かけたことのあるTシャツはスポーツブランドのもの。小太郎の持ち合わせの中では一番新しいもののようでプリントも襟元も比較的綺麗ではあるが、運動用の色が強すぎてオシャレには見えない。ボトムも彼なりに気を配ったことは分かるが、裾の丈がやや足りないところが残念なポイントだ。
「……え、ダメ?俺、これ以上綺麗な服持ってないよ?」
一気にしょぼくれた顔になる小太郎を前にして、爽は聖と自然に目を合わせた。今日はただ近所のドラッグストアに付き添うだけ。だから小太郎の格好でもなんの問題もない。だがせっかく自分たちを頼って来ているのだから、口も手も出したくなってしまう。
本当はこのまま外に出るつもりだったけれど、爽たちは一度小太郎を部屋に招き入れることにした。身長もガタイも差はあるが、オーバーサイズのデザインのものなら、彼でも余裕を持って着られるだろう。
その読み通り、クローゼットから引っ張り出したアイテムをいくつか着せてみると彼にも合うサイズのものが見つかった。さらに部活終わりでシャワーを浴びたまま半乾きだった髪も整えてやれば、随分見違える。
大喜びした小太郎を連れて部屋の外に出ると、いつもと雰囲気の違う彼を見つけた誰もが声を掛けてきた。双子にやってもらったのだと自慢げに返事をする小太郎をからかう者はいたけれど、横にいる爽たちに向けられる目は以前よりも和らいだように感じた。
「今度野球部の連中も変身させてやってよ」
「坊主のヘアアレンジはさすがに無理でしょ」
学園を出て目的の場所に向かいながら、小太郎が口にした図々しい願い。それを即座に聖が跳ね返すが、小太郎は“確かに”なんて上機嫌のまま笑ってみせる。そのやりとりを聞きながら、爽は今まで当たり前のように受け入れていた小太郎の髪型に初めて違和感を覚えた。
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