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act.8月虹ワルツ<355>

「そういや、竹内はなんで坊主じゃないの?あれって部活の決まりじゃないんだ?」 スポーツ刈りと言えるほどの短さでもない。そのうえ茶色く染められた髪は、野球に熱中する生徒の姿とはかけ離れているように思う。個人的には学校や部活に身なりの自由を奪われたくはないと考えているが、最近ファッションに興味を持ち始めたばかりの小太郎が同じ思想の持ち主とは思えない。 爽の疑問に小太郎は珍しく困ったような顔で悩むそぶりを見せたあと、その理由を打ち明けてきた。 「野球やってること、父さんに内緒なんだよね」 友人との写真をまめに送っていることはオリエンで知った情報だ。親子関係は良好なのだという印象を受けたが、実際は違うのだろうか。 「仲良いんじゃないの?」 「うん、仲は良いよ。でも野球じゃなくて勉強頑張るって話で受験させてもらったからさ」 普通の高校生らしい生活を謳歌しているのだという体裁を整えるために茶髪にしたり、友人との交流を伝えたりしているのだという。日に焼けているのは波琉と共にサーフィンをして遊んでいるからなんて嘘までついているらしい。 短い付き合いの中でも、小太郎は嘘や誤魔化しが嫌いなタイプの人間だと思っていた。それに分かりやすく感情が表情に出てしまいがちだ。小太郎の嘘などとっくにバレているのではと思ったが、口を出すのはさすがに出過ぎた真似なのだろう。 でも爽とは違い、聖はもう一歩踏み込んだ問いを口にしてみせた。 「反対されてんの?」 「……どっちかっていうとその逆、かな?野球やる気だってバレたら強豪校に行けって言われると思う」 「それが嫌なんだ?強いとこでやれたほうが楽しいんじゃないの?」 聖がずけずけと踏み込んでくることに気を悪くする素振りはないが、小太郎の歯切れはいつもより悪い。 試合どころか練習さえ真剣に見たことはないが、小太郎は弱小と揶揄される野球部の中で埋もれるには惜しいことぐらいは分かる。彼の意思に反し親が進学校に通わせたかったのだと勝手に解釈していたが、そうではないようだ。ではなぜ小太郎がこの学園を選んだのか。全く想像がつかない。 「俺は友達と野球すんのが楽しいだけだから。勝ち負けとかどうでもいいんだ」 そう言って小太郎は笑う。そこに嘘があるとも思えないが、本心の全てとも感じなかった。悩み事なんて身だしなみについてのことぐらいだと思っていたが、彼にも何かしら抱えているものがあるのかもしれない。 「ふーん、俺は勝負事に負けるのは嫌だけどね」 尋ねたにも関わらず、聖はまるで興味のなさそうな気のない返事をする。けれど内心では違うことを考えているように見えた。 学園からの最寄り駅にあるドラッグストアに辿り着くと、小太郎はまずシャンプーのコーナーに向かいたがった。香りのサンプルを熱心に嗅いだはいいが、結局絞りきれずに悩み出した彼を助けるために、髪質に合ったものを提案してやる。

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