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act.8月虹ワルツ<356>

そのあともアドバイスしてやったものを小太郎は次々とカゴに詰め込んでいく。ようやく一通り欲しいものが揃ってレジに向かう小太郎を見送っていると、背後からポンと肩を叩かれた。 「よっ」 弾んだ声音で笑いかけてきたのは、キャップから覗く淡水色の毛先が特徴的な伊吹だった。オリエンで初めて言葉を交わしたにも関わらず、まるで随分前から親しかった友人のような態度に少なからず戸惑わされる。 「二人で買い物?」 伊吹は爽だけでなく隣に並んでいた聖も絡めて話しかけてくるが、聖はフイッと顔を背けてその場を離れてしまった。あからさまに無視をされた伊吹は驚いたように目を丸くする。 「……なんか邪魔した?」 「いや、全然大丈夫」 兄の失礼な態度を取り繕う良い言い訳が思いつかず、ただそう言うしかなかった。少し前までとまるで立場が逆になったことに自然と苦い笑いが込み上げてくる。 一体自分たちは互いに何をしているのだろう。二人の世界に籠っていた頃に比べれば親しいと呼べる相手は増えたものの、どちらか一方が世界を広げることには寛容になりきれないのかもしれない。 「あぁ、もしかしてタケと来てたの?」 聖が向かった先を目で追っていた伊吹は、会計待ちの列に並ぶ小太郎の姿を見つけたらしい。 「仲良いね」 伊吹にとっては何の気なしに発した言葉だったと思う。休日に一緒に出掛ける事実に対しての感想としておかしなものでもない。それでも妙にくすぐったく感じる響きだった。 伊吹の連れなのだろう。派手にカラーリングした髪や、ストリート系のファッションに身を包んだ男性のグループに呼ばれた伊吹はあっさりと立ち去ろうとしたけれど、最後に軽音部の活動のことを口にしてきた。 「今度集まる時連絡するから」 じゃあ、と八重歯を覗かせる笑顔で手を振った伊吹に応えるように手を上げる。こんなやりとりも新鮮だった。 伊吹と比べれば小太郎は聖にとってよほど親しみを感じる相手になったのだろう。拗ねて一人で帰っていてもおかしくないと思ったのに、小太郎と連れ立って戻ってきた兄にまた笑みが溢れる。今度は苦々しい気持ちからではない。 せっかく駅前まで出てきたのだから、と小太郎はこのまま三人で少し遅めの昼食をとろうと提案してきた。聖は面倒そうな顔をしたけれど、断ることはしなかった。自分もそう。 きっと自分たちはこうして少しずつ世界を広げていくのだと思う。今度江波に会った時はもう少し愛想良く振る舞おう。聖や小太郎と他愛もない会話を交わながら歩いているうちに、自然とそんな殊勝な思いが湧き上がるのを感じた。

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