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act.8月虹ワルツ<363>
* * * * * *
生徒会の役員になってから、もうすぐ三ヶ月が経つ。
選挙によって任命されたとはいえ、生徒会のトップである冬耶と遥の推薦のおかげであることは間違いない。贔屓されている存在というイメージを払拭するためにどんな仕事でも積極的に名乗りをあげてこなす毎日を送っていた。
葵はいつも通り生徒会室に顔を出したあと、新たに言いつけられた仕事のために部室が集まったクラブハウス棟に向かっていた。
その時すでに雲行きは怪しくなっていたけれど、葵は走り回るのに必死で空を気にしている余裕はなかった。今日中に全ての部活から冬休み中の体育館やグラウンドの使用許可届けを回収しなければならない使命があったからだ。
無事に全ての届けを回収して生徒会室に戻ろうとしたところでようやく異変に気が付いたがもう遅かった。灰色がかった雲に厚みが増し、ぽつぽつと冷たい雨が葵を襲い始める。
多少の雨ならばと最初は高を括っていた葵も、凄まじい勢いで激しくなる雨に考えを改めざるを得なかった。自分が濡れる分にはまだいいが、カバンもファイルも持ってこなかったため、せっかく集めた届け出の用紙が濡れるのは避けなければならない。
「すぐに止むといいな」
葵は生徒会室のある特別棟まで戻るを諦め、途中にある教会に駆け込んだ。ひとまずは軒下でやり過ごそうとしたが、激しくなる一方でとてもじゃないが弱まる気配はない。
仕方なく葵は古ぼけた木製の扉を開けて教会の中へと足を踏み入れた。冷たい風に直接吹きさらされるよりは建物の中に居たほうがまだ寒さをしのげると思ったのだ。
頻繁に建て替えや手直しがされている校舎などと違って古い木造建築のまま、この小さな教会はずっと同じ姿を保ち続けているらしい。どことなく近寄りがたい雰囲気もあって、幼少期からこの学園に通っている割に、この場所に立ち入ったことはほとんどなかった。
以前入ったのは、去年の文化祭だっただろうか。有志の生徒がこの場所を会場にして合唱を披露していたのを観に行った覚えがある。
その時には陽の光に透けて輝くステンドグラスや艶やかなオルガンを美しいと感じたけれど、この空模様では教会内は薄暗く、静けさも相まってあまり居心地の良い空間とは思えない。柔らかに微笑んでいたはずのマリア像も、顔に掛かる影のせいで不気味な印象を与える。
葵は出来るだけそちらに視線を向けないように、並んでいる木製のベンチの一つに腰を下ろした。
「あーあ、濡れちゃった。どうしよう」
防ぎきれなかった雨粒が染みこんだプリントの束を見下ろして、葵は溜め息をつく。きちんと仕事をこなして、自分を招き入れてくれた兄たちに迷惑が掛からないようにしたい。でもどうしても空回りしてばかりで、ミスが重なってしまう。
このまま雨が降り続ければ、生徒会室で仕事をしている兄たちが心配して迎えに来てくれるだろう。そしてこのままで居ると確実に風邪をひくことも予想がつく。長年この体と付き合っている葵には、今回の風邪が長引きそうなことまで想像が出来てしまった。
また迷惑をかける。そのいたたまれなさが葵の心に重く伸し掛かってきてたまらない。
葵は少しでも寒さを凌げるようにベンチの上に体を横たえて、丸くなった。ガタガタと震え始めた体を自らの腕で抱き締めて、きつく目を瞑る。
無理をしてでも生徒会室まで走れば良かったと、今更後悔しても遅い。
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