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act.8月虹ワルツ<386>

「自分から素直に告白したら許してやらないでもない」 「もう殴ってんのに、許すも何もねぇだろ」 「それもそうか」 京介の反論にあっさり納得するところも、こちらのペースを乱す作戦に思えてならない。全てが彼の手の平の上。そんな感覚に陥らせるのが彼の恐ろしいところだろう。 「お前さ、葵ちゃんに何仕込んでんの」 「何って。……葵がなんか言ったの?」 やはりそういった類の話かと、京介は気まずさに視線を窓の外に逃した。 葵への口止めがいつまでも有効だとは思っていない。悪夢を見ずに眠るためのおまじないなんて子供騙しも、口外したら効力がなくなるなんて無茶苦茶な理由付けも、当時の京介が思いついたまま適当に口にしたことなのだから。いい加減違和感を覚え始めてもおかしくはない。むしろ遅いくらいだ。 特に信頼している遥になら、葵は何でも打ち明けてしまう。こうして何年も秘密を保てたことのほうが奇跡のようなものだろう。 いつかはこんな日が来ると覚悟はしていたけれど、いざ秘密が暴かれると居た堪れない気持ちに駆られる。それは葵を騙し続けた罪悪感からだろうか。 「葵ちゃんからチクってきたってわけじゃないから、そこは誤解するなよ?」 初めて“おまじない”に及んだ夜のことをぼんやりと思い返していた京介に、遥は葵を咎めるなと忠告してくる。そして丁寧に事が発覚した経緯を説明してくれたのだが、納得出来るどころか、前提から引っ掛かってしまう。 「待てよ。そもそも“イチャイチャしてた”ってなんだよ」 その過程で葵が身体を火照らせた。でもその対処法が分からないと言ったことから、京介が日頃手を出している事実が発覚したようだったが、まず葵の体が反応するほどの触れ合いをしたことが見逃せない。 「自分だって手出してんじゃん」 本人に確認したことはなかったが、冬耶と同レベルの接触しかしていないと思い込んでいた。葵からも都古や双子、忍や櫻の名前は聞いても、過剰なスキンシップの相手として遥の名が出たことは一度もない。 葵によほどきつく言い含めているのだろうか。自分に遥を責める資格がないのは承知の上で、非難するのを止められなかった。 「勘違いしてるみたいだけど、俺は可愛いチューしかしてないからな?」 「なんだよ、それ。気色わりぃな」 「舌は突っ込んでないって意味だよ。そっちの表現のほうが気持ち悪いだろ」 そういえばこの人は中性的で高潔な見かけによらず、こういった話題を臆せず口に出来るタイプだった。冬耶とはある意味好対照である。 「もちろん体にも触ってない。冬耶や陽平さんたちに対して後ろ暗いところはないよ。京介とは違ってな」 親の名前まで出して京介をチクリと刺してくるところも抜け目ない。 遥の言うことが真実なら、葵はその程度の触れ合いで昂らせたことになる。意図せず快楽に従順な体へと育ててしまった後悔がこんな時に京介を苦しめる。

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