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act.8月虹ワルツ<388>
「葵ちゃんをどんな風に言いくるめてるんだか知らないけど、葵ちゃんの信頼も裏切ってる。そのリスクも考えてる?」
「……分かってる」
「いーや、分かってない。この件で冬耶との関係が拗れることも本当に想定してる?葵ちゃんにとって何より安心できるはずの家が居心地の悪い場所になる。そのリスク」
そう言われてすぐに馨の顔が思い浮かんだ。
京介に非があったとしても、葵は自分のせいで諍いが起きたと感じるだろう。そうなった場合、西名家を壊したと思い込んで別の居場所に逃げ込む可能性がある。確かにそこまで想定した上で葵に触れていたかというと、答えは否だ。
「まぁさすがに冬耶は京介相手に理性失うほどキレるってことはないだろうし、葵ちゃん第一に考えてうまく立ち回れるだろうけどさ。あんまりそこに甘えるなよ」
遥の言う通り、冬耶は葵を傷つける振る舞いは絶対にしない。京介への怒りを抱えたとて、葵の前では何事もないように弟思いの兄として接してくるぐらい余裕でこなせるだろう。
「でさ、今の話、冬耶を都古に置き換えて考えてみな」
「都古はまた別問題だろ。喧嘩してるわけでもねぇよ」
都古と仲が良かった時期なんて一度もない。強いてあげるなら入学したてでまだ人見知りと表現できるレベルだった頃の都古なら、比較的まともに会話が出来ていたと思う程度の話。
喧嘩らしい喧嘩だってしたことがある。でも今は物理的に距離が離れたのをきっかけに、関わる機会が減った。ただそれだけの話。
「葵ちゃんに気まずい思いさせてるのは事実だろ」
「説教すんなら都古にしろよ。どいつもこいつも俺にばっか責任押し付けやがって」
京介と居たくないという意思を明確に示しているのは都古のほうだ。その態度こそ問題視してほしい。こちらが気に掛けてやっても、都古は感謝するどころか、冷めた目で無視をする始末なのだから。
「俺以外の誰に叱られたの?」
「七瀬たち」
何かにつけてうるさい友人の名前を出せば、遥の表情が途端に緩んだ。冬耶同様、葵の友人になってくれた二人に対して、どうにも甘い傾向がある。
「あの子らにも日本にいるうちに会っておこうかな。顔見たくなっちゃった」
「あぁ、そういや七瀬がフランスの土産ないのかって言ってたけど」
「相変わらずだな」
図々しい要求を伝えても、遥が気分を損ねることはない。それどころか、今まで滲ませていた京介への怒りを取り払い、楽しげに笑い始める。
今が話題を変えるチャンスかもしれない。
「そういやいつ帰んの?」
「んー、まだ決めてはいない。片付いてないことばっかだから」
「例えば?」
不安定な葵をフォローするのが第一の目的だとは思うが、他に何をするつもりなのかを改まって聞く機会はなかった。話を逸らすつもりで振った話だけれど、確認しておきたいことではあった。
「篠田とか九夜のことかな」
葵の周辺をうろついていた記者についてはひとまず遠ざけられたけれど。そんな前置きのあと、遥は二人の名前を口にした。
「篠田って人、俺も会ってみたいんだけど」
葵の実兄というその人物が西名家に恨みを抱いている話は聞いた。冬耶が対応に苦戦している相手だ。京介が出向いたところでどうなることでもないかもしれないが、少なくともこの問題に関しては当事者の一員ではあるはず。
だが、遥の反応は芳しくなかった。
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