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act.8月虹ワルツ<394>

「葵くんに奏のこと紹介してないと思って連れてきたんだ」 「妹の奏です。連れて来られました」 律の言葉を受けて後ろに控えていた少女、奏は葵に向かってぺこりと頭を下げる。厭味っぽい言い方をしたが、それは連れまわした兄に対してのもの。すぐに笑顔を浮かべて仕切り直してくれる。 奏は歪んだ性格の兄二人と、騒がしい弟に挟まれて育ったとは思えないほど落ち着いている。聡く、愛想も良い。周りのキャラクターが濃すぎるだけで、いずれは彼女が月島家の軸になるような存在になるのかもしれないと忍は思う。 「忍さんのご親戚なんですよね。初めてお目に掛かります。本日はお越しいただきありがとうございました。楽しんでいただけましたか?」 「はい、とても。クラシックの演奏会は初めてだったんですけど、すごく楽しかったです。あ、えっと、葵です」 中学に上がったばかりの奏に慣れた挨拶をされて、葵は冷静に応じたつもりのようだが、タイミングを逃した自己紹介を最後に無理やり押し込んでしまったあたり残念である。でもそんな緊張した様子も微笑ましい。 「忍くんってさ、いっつもここに力入ってる印象あるけど。葵くんと居ると雰囲気変わるよね」 ここ、と言って律が指で示したのは己の眉間。確かに律の言う通り、忍は普段気難しい顔をしていると指摘されることが多い。 自然に表情を和らげる姿は最近学園では珍しくなくなってはきたものの、久しぶりに会う者にしたら不思議に感じるのかもしれない。 「皆も気にしてるみたいだったよ。忍くんが常に隣に置いてるあの子は誰だろうってね」 「遠縁だと説明して回ったはずだが」 「……遠縁、ね」 律は何か言いたげに忍の言葉を繰り返してきた。葵が繋いだ手に力を込めるのが分かる。律が不信感を抱いていることを察したようだ。 「そんな風にずっと手を繋いでるなんて相当仲良しなんだね。“遠縁”なのに。唱とだって、もう手なんか繋がないよ」 「りっちゃん、忍さんにも葵さんにも失礼よ。私だってまだりっちゃんとも手を繋ぐし、ほら、おかしくないわ、全然」 唱の指摘に葵が慌てて忍から手を離したのを見て、奏がフォローするように律の手を掴んだ。若干爪を立てているように見えるのは、ゲストに対して失礼な物言いをした兄への罰のつもりなのだろう。 清楚なお嬢様らしい見た目にしては荒っぽい手法であるが、その心遣いは有り難かった。それに彼女になら一時的に葵の相手を頼んでも問題ないと判断できる行動でもあった。 「葵、すまないが律と少し話をする。見える範囲に居てくれ。奏、葵に付き合ってもらえるか?」 「もちろん。葵さん、行きましょう。……後で兄さんに怒られても知らないからね、りっちゃん」 遥の到着まで適当に躱せればと思っていたが、戸惑いを隠せぬ様子の葵では律の追及に耐えられないだろう。しっかり者の奏は空気を読んで、動揺したままの葵を花壇の方向へと連れ出してくれる。 「で、どういうつもりだ?」 話し声の届かない位置まで葵たちが離れたことを確認し、忍は律をきつく睨みつけた。 「そんなに恐い顔しないでよ。忍くんが何にも言ってくれないのがいけないんだよ?忍くんなら全力で応援するのに」 律とはそれなりに付き合いも長い。周りの目がないと、こうして狡猾さを滲ませる目つきも向けてくる。こんな勝気な表情をすると、少しだけ櫻に似て見える。

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