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act.8月虹ワルツ<395>

「あれがお前なりの応援なのか?」 「仲良しって言うのの何が悪いの?葵くん、かなり慌ててたみたいだけど」 葵の態度で律は疑いを確信に変えたようだ。こうなっては無理に主張を押し通さず、律に口止めをしたほうが賢明に思えた。 「確認してどうしたい?俺のプライベートを晒して騒ぎ立てるつもりか?」 「ちょ、そんなことするわけないって。デメリットしかないじゃん」 この言葉には嘘がないと分かる。忍は月島家を支援する北条家の子息。正面から敵に回すほど律は馬鹿ではない。 「ただ俺は忍くんの恋路に興味があっただけ。水臭いじゃん、隠して連れて来るなんてさ。それに葵くんは嘘つくの下手だし、辛そうに見えたよ?なんで遠縁なんて設定まで作って連れてきたの?」 一歩も引くつもりが無さそうな律に葵の様子を指摘されて忍は思わずため息をつく。律は葵をよく観察しているようだった。 今日一日忍に付き合わせて北条の人間として挨拶をさせた時も、さっき奏を紹介された時も、葵は一瞬痛みを我慢するような表情を浮かべた。律の言う通り、身分を偽っていることが心苦しいのだろうと思う。気付いていなかったわけではない。 「仕方ない。事情があるんだ」 「でもそれなら他でデートすればいいのに。そうまでして連れてくるってことは、今日は忍くんとのデートじゃなくて、兄さんに会わせることがメインだったんじゃないの?」 変わらず愛想のよい笑顔を浮かべながら律は鋭いことを言ってきた。 所々毛先を遊ばせた茶色の髪をいじる、という仕草も、一筋縄ではいかないところも、兄そっくりだとこんな時忍は感じる。 「兄さんもおかしかったしね。舞台には最低限しか上がりたがらないのに、もう一曲、それもオリジナル披露するなんて。皆怪しんでるよ」 「怪しむ?何を?」 「いつもと同じ演奏会でただ違うのは、会場中の誰もが知らない子を忍くんが連れてきたってことぐらい。その子に鍵があるんじゃないかって。うちの人間は皆、会が終わったら話を聞きに行こうとしてた。だからその前に忍くんはあの子逃がそうとしたんでしょ?」 どうやら忍も櫻も、随分と律を侮っていたらしい。そこまで読まれていては、忍だけの相手だと誤魔化し続けるのは難しい。 どうしたものかとさすがの忍も頭を悩ませていると、律は尚も言葉を続けた。その表情は忍をやり込めたという達成感に満ちている。 「兄さんが胸に刺したバラも、葵くんからの贈り物だよね?それってそこまで兄さんが葵くんに入れ込んでる証拠でしょ。一体なんなのあの子」 律が忍から遠くにいる葵へと視線を移して、すっと目を細めた。忍と櫻がそれほど大事に扱う価値が葵にあるのかと、まるで値踏みでもするような目つきである。 「律、お前はそれを知ってどうしたい。葵の存在を利用して櫻を貶めたいのなら、北条は月島に今後一切の援助を行わないよう提案するけれど」 「やだな、恐いこと言わないでよ。別にそんなつもりないって」 長年の付き合いなど無視出来るだけの力が若い忍に既にあることを、律だってよく知っている。だから律は忍の言葉を受けて慌てて葵から視線を外して苦笑いを浮かべた。

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