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act.8月虹ワルツ<397>
「門が閉まってるから中まで入れないみたいで」
「あぁ、なるほど。律、頼めるか?」
「了解」
中断させられたことに納得はいっていないようだが、律は忍の指示を受けて近くにいた警備スタッフに声を掛けにいった。無線で連絡がいったのか、遠くで門が開かれるのが見える。
「葵くんの迎えってあの車?」
まもなく一台の車がこちらに近づいてきたが、律が訝しげな声をあげるのも無理はない。車種だけはグレードの高いものだが、レンタカーであることがナンバーからすぐに察せられる。それに何より目を引くのがボンネットに貼られた初心者マークの存在。
「……ダサ」
「りっちゃん、さっきから失礼なことばかり。気にしないでくださいね、葵さん」
奏が慌ててフォローに回ってくれるが、正直なところ忍も律の意見に同意だ。恭しく頭を下げて誘導しているスタッフだって、さすがにあからさまな表情には出さないが、内心場違いだと感じていることだろう。葵だけが何を揶揄されているのか分からないと言いたげな顔をしている。
だが、そんなアウェーの空気を運転手は一瞬で取り払った。ドアマンの手助けを断るようにわざわざ車外に降りてきた彼は、その出立ちで周囲を黙らせる。
朝出会った時には普段着だったというのに、なぜかクラシカルチェック柄のスリーピースを身に纏っている遥。いつもモノトーンや寒色系の服を着ている印象が強かったが、キャメル色のスーツもよく似合っていた。
「お待たせ、葵ちゃん」
艶のある髪を揺らして微笑みかける様は、いつもの保護者然とした雰囲気ではなく妙な色気を感じさせられる。あれほど落ち着きを見せていた奏が頬を赤らめて思わず律の後ろに隠れたがるほどなのだから、忍の勘違いではないはずだ。
嬉しそうにしがみつく葵の仕草は無邪気で子供っぽいけれど、その肩を抱いて助手席へとエスコートする遥の表情は二人をただならぬ関係に思わせた。
律や奏が居たからか、遥は忍への挨拶を会釈だけで済ませてすぐに車へ乗り込んでしまった。窓から手を振る葵があっという間に小さくなっていく。
「もしかしてだけど、三角どころか四角関係なの?葵くんモテるね」
車が完全に敷地から出ると、律はどこか悪戯っぽい顔で忍を見上げてくる。恋愛に苦戦する忍の姿が面白く映っているのだろう。
葵に思いを寄せる人数は実際のところ三人では収まらない。それを知ったら律はからかうどころか、さすがに憐れんだ目を向けて来るかもしれない。
「私は忍さんを応援してます」
こんな時でも奏は気遣いを見せる。事の流れを理解出来ているとは言い難いはずなのに、真っ直ぐな目で宣言してくる。励ますように両手で拳を握るポーズも、忍をますます惨めな気分にさせた。
「本当に忍くんの応援する気あるの?さっきの人に見惚れてたくせに」
「それは……だって、すごく綺麗な方だったから」
律に図星を突かれて奏は気まずそうに目を伏せる。大人びた振る舞いを見せても、年頃の女の子らしい一面もきちんとあるようだ。遥の姿を思い出したように頬を染めながら、からかう兄を小突き返していた。
「俺だって忍くんを応援してるからね?」
律が甘えるように腕を組んでくるが、腹の中で何を考えているのか分かったものではない。
「いらん」
鬱陶しいと言いたげにその腕を引き剥がすと、兄妹揃って楽しげに笑ってくる。忍の弱みを見つけてさぞ愉快なのだろう。
この兄妹への憂さ晴らしは、当然長兄に責任をとってもらうことにしよう。忍は固く心に決め、じゃれてくる二人を振り払うように会場へと戻るのだった。
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