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act.8月虹ワルツ<401>

遥が卒業する段階では、櫻は葵に意地悪をしてからかうようなコミュニケーションしか取れていなかった。悪意があるわけではなく、好きな子に対してどう接していいか分からず戸惑っているように見受けられた。だから冬耶と共にあまり口出しはせず見守るスタンスを取ることにしたけれど、うまく絆を深められているらしい。 「それを聞いたらきっと月島は安心するよ。葵ちゃんを呼ぶのは勇気がいることだっただろうから」 「……勇気?」 「もしも葵ちゃんが誰かの噂に影響受けて、月島のことを色眼鏡で見るようになったら。そんな不安があったかもしれない。それに葵ちゃん自身が傷つけられる可能性だってあった。北条がフォローしてくれることを信じて、招待出来たんだと思うよ」 櫻の本心は分からない。これはあくまで遥の予想だ。けれど大きく外れてはいないと思う。 「不安は……うん、そうかも。確認されたんだ。嫌な奴だと思わなかったかって」 「へぇ、そっか。そんなこと聞いてきたんだ」 遥にとっては意外な話だ。少なくとも遥は弱気なことを口にする櫻の姿など見たことがない。勝気な態度は彼が幼い頃から見つけた処世術だと理解していた。弱みを見せないだけでなく、棘のある言動も彼なりの心の守り方だろうと。 けれど、それを崩せるほどに葵には心を開いたようだ。正直なところ、このスピード感で親密になることまでは予想出来ていなかった。 葵は不安がる櫻に対して“ずっと味方”だと宣言したことも教えてくれた。西名家に守られ、何をするにも怯えていた子が誰かを励ますようになるなんて。都古との出会いも葵を大きく成長させてくれたが、櫻との関わりを通しても葵は一段階大人になれたのだろう。 「そういえば北条とはどうだった?今日みたいに二人で出掛けるのって初めてだろ」 忍は自分がかつて着ていた服を見繕ってやり、とびきり丁寧にエスコートしながら葵を連れ出した。見るからに浮かれた様子の彼は遥の目には新鮮に映った。忍なりに精一杯葵を大事にしようとしているのがすぐに見てとれた。 「色んな人と大人の会話してて格好よかったよ。それに櫻先輩の兄弟にすごく慕われてて、皆のお兄ちゃんみたいだった」 「あぁ、迎えに行った時に居たのが月島の弟と妹なんだっけ」 確かに二人ともが親しげに忍へと寄り添っていた。色恋を抜きにして年下に懐かれる姿も、学園では見たことのなかったものだ。葵もそれが意外だったようで、彼の新しい一面を見てもっと好きになったと教えてくれた。 「あのね、遥さん」 葵はまた遥に凭れる体勢をとった。声のトーンもわずかに落ちる。大事なことを伝えたいのだと察して、遥はどんな発言でも受け入れることを示すために葵の体を抱き締め直した。 「遥さんとお兄ちゃんが卒業したあと、いっぱい後悔したの」 「後悔?」 尋ね返すと、葵は学校を休みがちだったことを真っ先にあげた。登校を始めたばかりの頃は教室に入ることも出来ず、保健室が葵の拠り所だった。通うのに慣れてきても、しょっちゅう体調を崩していたことも事実。けれどそれは仕方のないこと。 そう諭しても、葵は自分の主張を曲げるつもりはないようだ。

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