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act.8月虹ワルツ<403>

「自分で思い出したいから。誰かに鍵を開けてもらうんじゃなくて、自分でちゃんと」 この短い時間で何度葵の成長を実感させられただろう。感慨深くなってつい目の前の小さな体をきつく抱き寄せてしまう。 素直に身を任せた葵は、初めは一人で宮岡に会いに行くことを考えていたと打ち明けてくれた。けれどカウンセリングの後はいつも心細い気持ちになるから遥を誘ったようだ。そんなところはまだまだ子供っぽくて、どこか安心もさせられる。 しばらくそうして抱き合っていたが、静かだった駐車場に新たな車が進入してきたのを合図に顔を上げた。 葵をつけ回していた記者は冬耶が追い払いはしたが、口約束を守ってくれるような相手ではない。やってきたのは何かの業者らしきハイエース。あの男の車ではない。意図的に覗きにこない限り、その車からは死角になる位置にいる。けれど、警戒するに越したことはないだろう。 「そろそろ行こうか」 遥が促すと葵は少しだけ渋る素振りを見せたが、ゆっくり深呼吸をして心を決めたようだ。遥の肩口に埋めていた顔を起こし、真正面から向き合ってくる。髪の色はいつもと違うけれど、眼鏡はとっくに外させていたから蜂蜜色をした瞳が真っ直ぐにこちらを見据えてきた。 「宮岡先生に会いに行くまで、帰らない?」 「一緒に行くって約束したんだから守るよ」 「……会いに行ったら、帰っちゃう?」 「帰るタイミングはまだ分からない」 どうしても確かめたがる葵に、今は何も決まっていないのだと繰り返した。はぐらかしたいわけではなく、それが事実なのだから致し方ない。でもお別れはそう遠くはない。 後部座席を離れる前に、葵は最後にもう一つだけ、と我儘を口にした。でもその先を待っていた遥に与えられたのは言葉ではなく、ちょんと触れるだけの口付け。呆気に取られているうちに葵は遥の手から離れ、助手席に逃げ込んでしまった。 こんな可愛いことをされたらますます帰したくなくなってしまう。もしも遥を引き止めるための作戦なら、これ以上ないほど効果的だ。 実際このまま連れて帰り、明朝学園まで送り届ければいいなんて考えが遥の頭を過った。でも保護者としては失格だ。 「なぁ、葵ちゃん」 遥が運転席に移動しても、葵はこちらを見ずに赤い顔をしたまま窓の外を見つめている。呼びかけてもこちらを向いてくれない。だからその横顔に、今湧き上がった想いを告げる。 「二人で同じ家に帰る未来があるといいな」 京介に冗談半分で宣言した“プロポーズ”。それに近い言葉を与えるぐらいは許してほしい。 「それって、どういうこと?」 「そのままの意味」 葵は案の定それが遥の愛情故の言葉とはすんなり理解出来なかったようだ。ようやく窓から視線を外して不思議そうな顔を向けてきたけれど、こう答えるしかない。 走り出した車の中で、葵は遥の言葉について考え続けているようだった。寮に到着するまでにはきっと答えは見つからないだろう。 もっとヒントが欲しいと言いたげに時折こちらを見つめてくる葵の視線を感じながら、遥はいつかの未来を思い描いて口元を緩ませた。

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