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act.8月虹ワルツ<404>

* * * * * * 遥と共に戻ってきた葵は見慣れぬ格好をしていた。夜空のような濃紺の上下は葵によく似合っていたけれど、忍のお下がりだと聞くと途端に面白くない感情が芽生えてしまう。それに都古が愛してやまない髪も、忍の弟が使ったというウィッグで隠されていた。 「みゃーちゃんとお揃いになったから見せたくて」 演奏会の会場を出ても被り続けた理由を、葵はそんな風に表現した。人工的な黒髪に触れてみると、葵は嬉しそうに感想を求めてくる。 「好き。いつものアオも、ね」 他人の物を身につけていることへの複雑な気持ちはあれど、どんな姿の葵だって都古が恋をしている相手には変わりない。それは紛れも無い本音だった。都古の言葉を喜ぶように葵がますます笑顔になったから、きっと間違いではなかったのだと思う。 「じゃあ今日はゆっくり休むんだよ。またな」 遥は運転席から降りることもせず、あっさりと別れを告げてにこやかに去っていく。その車を見送る葵の横顔は見ているこちらが切なくなるほど寂しそうだった。でも葵は一つ大きく呼吸をついて気持ちを切り替えたらしい。 「よし、頑張らないと。今日はまだまだやることあるんだから」 遥に休めと言われたばかりなのに、そんな気はなさそうだ。何をするのか尋ねると、葵は休んだ分の授業に追いつくための勉強を一番にあげた。他にもカウンセリングの予約を入れたり、忍や櫻に今日のお礼を伝えに行く予定があるのだという。 頑張り屋な主人のことも好きだけれど、都古との約束を忘れていそうで心配になる。 「……続きは?」 耳元に唇を寄せて囁くと、葵は一瞬固まったあと頬を染めて見上げてきた。別れる前に取り付けた約束を忘れてはいないようだ。 生徒会フロアに向かうエレベーターへと逃げてしまいそうな葵を引き留め、少し前まで共に過ごしていた部屋へと誘う。戸惑う目は向けてきたが、嫌がる素振りは見せなかった。これは期待してもいいということなのだろうか。自分に都合の良い考えがつい浮かんでしまう。 葵の所有物だという印を付け直してもらいたいのが一番の目的。けれど、離れていた分、都古からも葵の温もりを求めたくて仕方ない。 それに葵には確かめておきたいことがあった。熱を出した日にあの部屋で感じた嫌な匂いの正体。都古の予想が外れていなければ、早くに手を打っておかなければならない。ただ葵の様子を見ると、恐らく何も覚えがなさそうなところが厄介に感じている。 二年生の部屋が並ぶフロアに降り立つと、エレベーターの到着を待っていたと思しきクラスメイトが目の前に居た。普段とは違う髪色をしている葵のことに面白半分で触れられたら困る。そう思って都古は葵を庇うような体勢のまま脇を通り過ぎようとしたが、相手はそれを許してくれなかった。 「烏山、明日の朝練七時からになったから。遅れんなよ」 彼が話しかけて来た内容は危惧していたような葵に関することではなかった。ただ最悪な内容には変わりない。

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