1507 / 1597

act.8月虹ワルツ<405>

「……え、朝練って?みゃーちゃん、まさかリレーの練習行ってるの?」 今までどうにか葵にバレないようにやり過ごしてきたが、いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。でも何も今でなくても、と思いたくもなる。ご褒美どころではなくなる予感がするからだ。 爆弾を投下していった彼はもうすでにこの場には居ない。それ以上余計なことを言われずに済んだが、珍しく怒った顔をする葵に見上げられ、すでに手遅れであることを実感させられる。 「みゃーちゃん、ケガしてるんだよ?」 ひとまず会話する場所を移動することには同意してくれたが、部屋に着くなり葵は都古を叱りつけてきた。 「他の人に代わってもらったのかと思ってた。どうして無理するの?」 「してない。もう、治った」 「……嘘だ」 確かめるように葵が浴衣の衿部分に指を引っ掛けて肌蹴させてくる。そこには若葉に蹴り上げられた痕がまだくっきりと残っていた。 「アオ。ご褒美、つけて」 こうなったら押し切るしか方法が浮かばない。葵に擦り寄り、刺激に弱い首筋に口付けながらねだってみる。でも葵は体をびくつかせたものの、流されまいと肩を押し返して来た。 「ちゃんと話したい。このままじゃ絶対にダメ」 今にも泣き出しそうな顔で訴えられるとさすがに誤魔化せなくなる。 都古が動きを止めるとそれを降参と受け取ったのか、葵は都古を寝室へと導き、まずは布団に押し込んでくる。呼吸するだけ辛かった怪我の直後ならともかく、今横になっても大して効果はないと思うのだけれど、これで葵の心が多少なりとも落ち着くなら抵抗する気は起きなかった。 「活躍してるところが見たいって勧めたからだよね。だから無理させちゃった」 若葉に蹴り上げられた責任は葵にある。そう思わせたくなくて平常通りの生活を送ろうと心がけたのに、結局は違う形で葵に罪悪感を与えてしまう結果になったのだと、その一言で思い知る。 「代わりに走ってくれる人ちゃんと見つけるから、もう無理しないでほしい」 責任を負うつもりでいるとまで示されると、葵の中では結論が出てしまっているのだろう。それで葵の気が済むのなら申し出を受け入れるのも一つの手だとは思う。 でもふと浮かぶのは、七瀬の顔。葵ときちんと話せと怒ってきた言葉が蘇る。葵だって都古と“話したい”と言ってくれた。その上で自分の思いを伝えてくれたのだから、都古も真摯に向き合うべきなのかもしれない。 リレーの選手自体には興味がない。そもそも学園行事にも関心はない。オファーを受けたのは葵の口添えがあったから。その上で、若葉との件があったから意地になっていた部分もある。 けれど、走っているあいだ何度も想像したのは体育祭に参加する都古の姿を見て喜ぶ葵の顔。補習を受ける教科を減らせただけでもまるで自分のことのように嬉しがってくれたことも都古にとっては大きなことだった。 「アオ。俺、やめたくない」 「……どうして?」 「アオに、見てほしい。一番に、なるとこ」 出来る限り素直な言葉を選んで口にすると、無茶を咎める葵の視線が和らいだ。だから都古はもう少しその思いを掘り下げていく。

ともだちにシェアしよう!