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act.8月虹ワルツ<411>*

「命令、は?」 あの頷きで事が運ぶと思い込んでいたのに、この猫はどうしても葵に言わせないと気が済まないようだ。彼なりの気遣いなのだろうが、流されるのを許されず、こうして都度“葵が望むこと”とされるのは決まりが悪い。 葵が本気で嫌だと言い張れば、都古はきちんと身を引いてくれるはず。けれど、またあの悲しげな色を瞳に宿させるのは嫌だった。それに裸に剥かれ、あらぬ所を眼前に晒しているこの状態で、今更何を取り繕っても無駄な気もしてしまう。 「みゃー、ちゃん」 「うん、なに?」 とんでもないことを願わされそうになっている。その羞恥で声が震えるのを止められなかった。 「……きれい、に……して」 葵が言い切った瞬間、都古の瞳に野生的な色気が灯る。濃い紅色の唇が開かれ、てらてらと濡れそぼる先端に狙いが定まった。 息を詰めて見守る光景は時間にすればほんの一瞬だったと思う。けれど葵の目にはスローモーションの映像のように映った。 まるで好物を与えられた空腹の肉食動物みたいだ。捕らえた獲物を決して離さず、じっくりと嬲り尽くし味わう。いつかのドキュメンタリーで見た猫科の野生動物を思い出す。 「あっ…ァ……ひッ、んん」 散々葵の口内を荒らした舌が、今度は飴玉を転がすような動きで剥き出しの先端を拭ってきた。自分の拙い自慰とは比べものにならないほどの愉悦。あまりに強い感覚に、喉を仰け反らせて喘ぐことしか出来ない。 逃げ出したい。その一心でシーツから腰を浮かして揺するけれど、思いとは裏腹により深く都古の咥内に潜り込ませ、可愛がってほしがるような動きになってしまう。 「これ、好き?嫌い?」 ちゅぷっと音を立てて唇を離した都古は、また答えにくい問いを授けてくる。 余裕がないことを分かってほしくて視線を下ろすと、見たくないものまで視界に入ってしまった。都古の眼前に存在しているのだから致し方ないのだけれど。 硬さを失っていたはずのそこは、再び頭をもたげ始めていた。薄桃色に色づいたそこがぐっしょりと濡れているのは、もはや葵が溢した白濁のせいではない。都古がたっぷりと唾液を絡ませて舐め上げてくるせいだ。 答えるまで動いてくれそうにない都古に焦れたように、性器がふるりと揺れる。葵の意思に関係なく反応するそこをこれ以上見ていられなくて、固く目を瞑った。都古が薄く笑うのが分かるけれど、咎めることすら出来なかった。 「……っ、あぁ……やァ」 再びにゅるりと舌が這いまわり、唯一布を纏った爪先がキュッと丸まった。力んだ葵を宥めるためか、膝を押さえていた指が柔らかな内腿を撫で摩り始める。その優しさも今の葵には辛い。 「ひ、んッ…あ、待、て」 口に出た言葉と、今葵の脳内を占める願いは真逆だった。いくら敏感とはいえ、新たな蜜を溢す先だけをぺろぺろと舐め上げられるだけではただ悪戯に炙られているようだ。いつもみたいにもっと奥まで呑み込んでほしい。そんなはしたない願望を振り払うように、葵はがむしゃらに頭を振った。 普段はちっとも言うことを聞かないのに、こんな時ばかり葵の“待て”に従う。仕上げのようにちゅっと音を立てて蜜口を吸い上げると、都古は唇を離してしまった。けれど、これで終わりにしてくれる気もなさそうだった。

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