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act.8月虹ワルツ<420>

櫻相手には完全に道化と化している目黒だが、仕事面ではやり手で通っている。一代で莫大な財産を築き上げただけあって、狡猾で冷酷な一面も持っていると聞く。だから月島家のタブーに軽々しく触れても、問題児の櫻に熱を上げていても、こうして大事な客として招待され続けているのだ。 親戚の中には、母のように目黒に体を売ればいいのに、なんて嘲笑を浴びせてくる者もいた。さすがにそんな意味合いは込められていないものの、もっと目黒を丁重にもてなすようにとは父も命じてくる。櫻がねだれば惜しみなく金を支援してくれると踏んでのことだろう。 櫻の父と目黒。そのどちらとも実母は関係を持っていた、いわゆるライバル関係だったはずだというのに、父はプライドよりも金が大事らしい。全く、情けないものだ。 「あぁ気分が悪い。早く帰って葵ちゃんと寝よ」 嫌いな男たちのことを考えることほど不愉快なことはない。それよりも櫻の帰りを待ってくれているであろう可愛い葵に会うことだけを考えていたい。演奏会が終わるまではと我慢していたのだから、今夜こそは葵と同じベッドで眠ることに決めていた。 改めてエレベーターのボタンを押せば、横に並んだ忍は苦い顔で愚痴を零してくる。 「今日は寮に戻れるか分からない」 「なんで?」 「律が臣に言いつけた」 そこには怯むことなく目黒を堂々と追い払った忍の姿は微塵もなかった。 律は演奏会に参加した親戚や客たちに、忍や櫻の想い人の存在を広めることはしなかった。だがその代わりに忍の弟に情報をリークして鬱憤を晴らしたようだ。 「どう伝えたんだか知らないが、俺が三股を掛けられていると思い込んでいてな。葵と話をさせろと息巻いているらしい」 「あーあ、それはまた面倒な。御愁傷様。……ていうか、僕と忍は分かるとして、あと一人誰?」 「相良さんだ。迎えに来た時、律も居たから」 「なるほどね」 確かに悪意を持って言葉にすれば、葵は櫻や忍、そして遥に想われながらも相手を一人に絞り込まず弄んでいると表現することも不可能ではない。 大好きな兄が遊ばれているという話は、ブラコンの臣には耐え難い情報だっただろう。彼なら葵に報復するなんて極端な行動を取りかねない。だから忍も誤解を解くために実家に戻ることにしたようだ。 「もしも臣が葵ちゃんに何かしたら許さないからね」 「させるわけがない。それにそもそも律が発端だろう。責任はお前にあるんじゃないか?」 「アレのお兄ちゃんは忍なんでしょ。僕は知らない」 律が兄のように慕っているのは忍だ。櫻は恨む対象。そう言い返して茶化せば、忍は複雑そうな顔をして肩を竦めてみせた。 忍とはホテルのエントランスで別れ、櫻は葵の待つ寮に帰るために月島家の送迎車へと乗り込もうとした。だが、そこで再びあの男が現れる。本当にしつこい奴だ。 「櫻君、良かったまた会えて」 何が“良かった”だ。待ち伏せていたくせに。うんざりとする気持ちは否めないが、先ほどとは違いすぐ傍には顔馴染みの運転手が居る。逃げる手段が確保出来ているだけ、状況は随分とマシだった。

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