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act.8月虹ワルツ<422>

* * * * * * 主人の帰りを使用人が出迎えるのはいつものことだが、今夜はその顔ぶれの中に仁王立ちの末っ子がいた。その光景を車窓から見つけた忍は大きく溜め息をつく。 派手なショッキングピンクに染められた髪は格式高い北条家の洋館には馴染まない。何かのロゴが大きくプリントされたTシャツやジャージ素材のハーフパンツにハイカットのスニーカーなんて出立ちも今時の高校生らしくはあるが、日本でも有数の資産家の息子にはとても見えないだろう。 「シノちゃんっ」 忍が車を降りるなり、帰宅を喜ぶ犬のように尻尾を振って駆け寄ってくる。これで彼が小柄な体躯ならまだ可愛げもあるのだが、既に170は優に超えているのだからなんとも複雑なところである。顔立ちだって、北条家の血筋らしく冷たささえ感じる美形だ。似た顔で無邪気に迫られたとて扱いに困るだけ。 「律から聞いたよ。どういうこと?シノちゃんがたぶらかされてるって」 「その前に家に上がらせてくれ。話なら聞くから」 早速本題に入ろうとする臣を宥めると、彼はむくれながらもリビングまでは大人しく後をついてきた。 一泊とはいえ連休中には葵をこの家に泊めたし、今朝も着替えのために立ち寄らせた。その時にいた使用人たちは皆、葵がどういった気質かも忍との関係も理解しているであろう。だから騒ぎ立てる臣の姿に誰もが苦笑いを浮かべている。 庭に面した窓辺には喧騒に構わず読書をする姉の姿があった。頭に血を上らせた臣の相手を一人でするのは骨が折れるが、恵美もこの場にいるのなら多少はやりやすい。適度に口添えをするぐらいはしてくれるだろうから。 「そういえば最近ジョイの面倒は見ているのか?あまり家で過ごしていないようだが」 忍が腰を下ろしたソファから臨める庭には、ボールを咥えながら芝生を彷徨くグレート・デーンの姿が見える。だから忍は本題の前にそう切り出した。 「ちゃんと見てるよ。さっきも遊んでたし」 「そうか、それなら良い。きちんと約束は守っているんだな」 あの犬を飼いたいと言い出したのは臣。家族中から甘やかされて育った臣を成長させる良い機会。そんな風に捉えた両親は、臣に約束をさせていた。最期の時まで彼を可愛がることを。 あれから数年が経って臣はすっかり自由気ままに遊び呆けるようになったが、ジョイの顔を見るためだけに実家に顔を出しに来るとは親や姉から聞かされていた。偉いと褒めてやれば、むくれていた臣の顔が嬉しそうに緩む。 臣は難のある性格をしているが、忍を慕う心さえ把握していれば扱いは容易い。 「って違う!俺はジョイの話じゃなくて、シノちゃんのこと聞きに来たんだってば」 「律の冗談を真に受けるな。そうやってムキになるお前を見て楽しんでいるだけなんだから」 我に返った臣が慌てて本題に軌道修正してくるが、忍は落ち着いてそれをあしらう。 「じゃあ今日連れてたっていうのはシノちゃんとは何でもない相手なの?」 そう聞かれると“何でもない”とは認めたくない。忍は葵を何より愛しているし、葵だって恋愛感情には至らなくとも少なからず忍には好意を抱いてくれているはずだ。尊敬だって寄せられている。キスも、それ以上の戯れだって楽しんだ仲だ。 それに藤沢家の問題次第では、北条家の家族として迎え入れる未来だって有り得る。

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