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act.8月虹ワルツ<423>

「それなりに親密な関係、だな」 「付き合ってはないの?」 「まだな」 忍の答えに、臣は分かりやすく険しい顔つきになった。律の言った通りではないかと言いたげな顔だ。律の表現を正とするならばの話だが、実際三股どころで収まらないと知ったら発狂するのではないだろうか。 「なんでこんなに完璧なシノちゃんに落ちないの?意味わかんないそいつ」 「俺が想う相手を悪く言うのは、俺を侮辱することと同じだが」 「……うぅ、ごめんなさい。別にシノちゃんのこと悪く言いたいわけじゃないよ」 葵への謂れのない暴言を嗜めると、臣は素直に謝罪を口にした。こうして引くということは、律は全く根拠のない過激なホラ話を吹き込んで臣をそそのかしたわけではなさそうだ。忍を怒らせないラインは律も弁えているのだろう。 「でも俺は皆を平伏せて骨抜きにしてる帝王みたいなシノちゃんが好きなの。シノちゃんがたぶらかす側なら良いけど、逆は有り得ない。俺の好きなシノちゃんじゃない」 幼い頃から二つ下の臣は忍のやることなすこと真似をして、何をするにも後に続いた。それを鬱陶しく思う時期もあったし、臣を特別可愛がった覚えもない。けれど、臣は今に至るまで忍に全力で懐いてくる。 ただそれだけなら“ブラコン”だなんて言葉で片付けられるのだろうが、臣の嗜好が世間一般の常識とは大きくずれているのが問題だった。 忍がセックスを覚え、あらゆる相手と夜を楽しむ姿を見て、臣は嫌悪するどころかより一層崇拝を強めたのだ。そして忍の真似とばかりに自身も随分早いうちから妙な遊びを楽しみ始めてしまった。 「お前ぐらいだよ、そう言うのは」 身近な友人たちは皆、忍が遊びをやめて葵一筋になったことに安堵したようだった。今日律に指摘されたように、穏やかな表情に変わったことも喜んでいる。前のほうが良かったとごねるのは臣だけだ。 忍自身、もしも過去に戻れるなら手軽な相手と体を重ね、快楽に溺れた虚しい夜の全てを消し去りたい。葵がもう少し様々なことを理解出来るようになった時、当時の忍をどう評価するのかが不安だった。 「私は今の忍が好きよ。慣れない恋に右往左往しているところが可愛いもの」 パタンと音を立てて本を閉じた恵美が思わぬところで参戦してくる。彼女の言い分には異を唱えたいが、ここで忍が口を挟めば三つ巴のややこしい事態に陥ってしまう。 だからメイドが差し出したコーヒーに口を付けて、その場をやり過ごす。 「エミちゃんはそうかもしれないけど、俺はシノちゃんに可愛さなんて求めてないよ?」 「そう?忍の新しい魅力に気づかないなんて、勿体ないと思わない?」 臣は姉のことも好いている。一回り近く歳の離れた恵美に諭されて、臣の怒気がわずかに和らぐ。 「貴方の理想の型に嵌まる忍なんて、それこそ面白くないじゃない。意外性のない男なんてつまらないものよ」 「……そう言われると、そんな気もしてくるけどさ」 恵美もまた、臣の扱いをよく心得ている。我儘な癇癪持ちではあるが、家族ならばこうして容易く臣を転がせてしまう。だからいつまでも末っ子として可愛がられるのだ。

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