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act.8月虹ワルツ<424>
「それに、忍の魅力を一番知っているのは臣でしょう?恋に悩む忍を貴方が励ましてあげないでどうするの?」
臣に励まされたいなんてこれっぽっちも思っていない。恵美もそれは重々承知しているだろうが、この状況を大いに楽しんでいるのだろう。平和に見えて危険な方向へと臣を導き出した。
「たしかに。俺がシノちゃんに何かしてあげられるチャンスってこと?」
「そうよ、臣。偉いわ、さすがね」
手を叩いて褒めちぎる恵美は誰がどう見たってふざけているのだが、臣は全く気が付いていない。
「シノちゃんのかっこいいところなら何時間でも話せるよ。明日その子と会う時間作ってよ。俺がプレゼンしてあげる」
もしそんな場を設けたら、葵は一体どんな顔をしてそのプレゼンを聞くのだろう。困惑する姿だって可愛いのだから見てみたいとは思うが、そもそも臣とは引き合わせたくない。
「気持ちだけ有り難く受け取っておく」
「えぇーっ、なんで?早くくっつきたいんじゃないの?」
「自分で口説き落とすのを楽しみたいんでな」
思うように口説けずに苦戦しているのだが、それをひた隠して余裕の微笑みを返す。臣はまだ何か言いたそうだったが、恋愛の駆け引きを楽しみたがる忍の言い分が理解出来ないわけではないようだ。
それでこの話は収束するはずだった。けれど恵美はまだ臣をからかい足りないらしい。いや、もしかしたら忍を困らせて楽しむ目的があるのかもしれない。
「ピュアな子を染めていくのは楽しいものね。どんな環境で育ったらあそこまで純粋培養な子が仕上がるのかしら?」
「あれ、エミちゃんも会ったことあるの?」
「ええ、以前うちに来た時に。葵ちゃん、とっても可愛かったわよ。食べちゃいたいぐらいにね」
艶のある唇を意味ありげに薄めて笑う恵美は、似た顔ながら嫌味なほど色気があった。せっかく落ち着きそうだった臣もそれを見て新しい好奇心を芽生えさせたらしい。
「でもシノちゃんに抱かれてる子が“ピュア”って、イメージ湧かないな」
「あら、心だけでなく体も無垢みたいよ?あの夜だって同じベッドで眠ったのに、何もしなかったんでしょう?」
「余計なことを言わなくていい」
正確には何もしなかったわけではない。だがセックスとは程遠い、生温いスキンシップだ。それすらも葵は泣いて恥ずかしがったわけだけれど。
「えっ嘘でしょ、ヤッてないの?あのシノちゃんが?」
一家団欒を過ごすリビングで兄弟顔を揃えてする話では決してない。なのに臣は声を張り上げてソファから身を乗り出してくる。
何故、なんて一言で答えられるわけもない。
恵美が言った通り葵は色恋に疎すぎる育ち方をしてきたし、うんざりするほどライバルがいる。それに、彼らと張り合って口説き落とそうとするような状況でもない。今はただ葵を守ることに全員が必死にならなければいけないのだから。
「それだよ、シノちゃん。ヤッてないからダメなんだって。シノちゃんが一回でも抱いたらどんな奴でも絶対落ちるに決まってるよ。今までの人たちだって全員そうだったじゃん」
「お前は俺の何を知っているんだ」
まるで忍が関係を持った相手の全てを把握しているかのような口ぶりだ。忍への執着度合いを考えたら、あながち冗談とも言えないところが恐ろしい。
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