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act.8月虹ワルツ<426>

「でも奈央ちゃんも好き。優しいし。あ、あとさ、写真でしか見たことないけど、あの金髪の人も好きだった」 「……何の写真だ?」 “金髪”と聞いて嫌な予感がする。忍が記憶する限り、臣には葵の写真を見せたことはない。でも臣のことだ。忍の部屋を勝手に漁って探りを入れるぐらいのことはする。 「ほら、短髪でシノちゃんよりでっかそうな人」 臣から与えられたヒントに思わず耳を疑った。忍の身近にいる金髪で大きな人物といえば一人しかいない。 「おい、待て。まさか上野か?冗談だろう?」 「冗談じゃないよ。おっきいわんちゃんみたいで可愛いなーって。泣きそうもないお兄さんって泣かせてみたいじゃん」 臣にかかれば、あれほど可愛げとは無縁の男まで組み敷く対象になるらしい。190を超える長身と筋肉質な体躯。彼の家業を知ったとて、臣は平気でイケると言い出しそうである。 ストライクゾーンが広いことは知っていたが、まさかここまでとは。やはり葵に会わせるわけにはいかない。あの愛らしい容姿ならまず間違いなく臣のゾーンに入るだろうし、何より忍の想い人というだけで異常なほど興奮を覚えるはずだ。 「ねぇ、とにかくさ、俺に協力させてってば。シノちゃんの恋愛が成就するように頑張るから」 「……で?そのあと食うつもりなんだろう?誰がそうと分かっていて紹介すると思う」 「シノちゃんが飽きるまでは我慢するから。ね?それならいいでしょ?」 いずれ兄の恋人を寝取りたいなんて願望を平気で本人にねだってくるのは、この地球上でも臣だけではないだろうか。 「残念だが、そんな日は永遠に来ないな」 葵は忍にとって何もかもが特別な相手だ。葵が忍以外の誰かの手を取る未来は訪れるかもしれないが、忍が葵に飽きるだなんて有り得ない。そう言い切れてしまうほどに夢中なのだ。 忍の宣言を聞いて、臣はますます興味を抱いたらしい。これならまだ当初のように、葵を憎らしく思わせたままのほうがマシだっただろうか。一瞬そんな考えも頭を過ったが、臣は敵とみなした相手には一切の容赦をしない。それはそれでやはり望ましい結果ではないのだから難しい。 「エミちゃん。今度アオイちゃんが家に来たらすぐに呼んでね」 「あら、それなら毎日きちんと家に帰ってきたらいいじゃない。ジョイだって喜ぶし、私も毎日可愛い臣の顔が見られるのは幸せだわ」 臣は忍にねだるのを諦め、姉に甘えてみせる。だが、いい具合に躱されていた。あしらわれたことに気が付かず、臣はただ姉の言葉にはにかんだ笑顔を浮かべる。こういうところは可愛くはあるのだけれど。 一体どこで育て方を間違ったのだろうか。臣を見遣りながら、忍は密かにそんなことを思う。 二つだけ年が上の忍に臣の教育に関する責任はないはずだが、常に自分の後を追っていた存在だ。少なからず忍の影響はあるのだと思う。でも忍は臣ほど常軌を逸していないと断言できる。 やはり家族全員で甘やかした結果か。それとも臣の希望通り、公立校に入学させたのがまずかったのか。 しばらくそうして悩んでいたが、これがいかに不毛なことかを思い立って忍は胸元に仕舞った携帯を取り出した。すでに櫻は寮に到着している頃合いだろうか。今夜は葵を部屋に招いて眠るつもりだと言っていたから、忍がこれから寮に帰ったとてもう挨拶を交わすチャンスはないかもしれない。 出来ることならウィッグに覆われていない髪に触れ、眼鏡を外した素顔に目一杯キスを落として労ってやりたかったのに。 「シノちゃん?聞いてる?」 忍がすっかり上の空であることに気が付いた臣から咎められ、“あぁ”と気のない返事だけを返した。

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