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act.8月虹ワルツ<433>

* * * * * * 先週の日曜とは違い、今日の馨は朝から晩まで穂高を連れ添わせた。休みが欲しかったわけではないし、平日と変わらぬ過ごし方ではある。けれど穂高をいつも以上に疲れさせたのは、連れて行かれた先がどれも葵への願望を叶えるための場所であったからだ。 葵を迎え入れるための準備を整える。そんなことを言い出して、様々な店を巡り、葵に合う服や家具を吟味する時間。穂高は平静を装い続けたつもりだけれど、馨が葵を捕らえる未来を嫌でも想像してしまい、気分は悪くなる一方だった。 馨が好む白色のキャビネットやデスクといった大型の家具を選ぶまではまだ良かった。むしろ鳥籠の中に葵を囲うのではなく、人らしい生活を与えるのかと期待が出来たから。けれど、昔葵に着せていた愛らしいワンピースや寝巻きだけでなく、それに合う下着まで選び出したのは耐え難かった。 馨が時折穂高のほうを見て満足げに笑いかけてきたのだから、きっとそれが伝わってしまっていたのだと思う。つくづく悪趣味だ。 馨を自宅に送り届けたあと、穂高は気を紛らわすようにオフィスに逃げ込んだ。あのまま家に帰っても、余計なことばかりを考えてしまうだろう。それなら仕事に打ち込んだほうが余程マシだった。 無心でパソコンに向かう穂高を現実に引き戻したのは、秘書室の扉を叩くノックの音だった。答える前に時計を確認すると、もうすぐで日付が変わろうとしている時刻。 この部屋を利用する部下たちは日曜のこんな時間にオフィスにやってくることはまずない。あるとしたらトラブルが発生した時だが、それが穂高の耳に届かないわけもない。もしも馨や椿ならば遠慮なく室内に入ってくる。それならば一体誰が。 不思議に思いながら扉を開けに向かうと、そこには難しい顔をした父の姿があった。 彼も穂高同様、この時間までオフィスに残っていてもおかしくない量の仕事を抱えている。実際、深夜のオフィスですれ違ったことは何度もある。だがこうして穂高の元を訪ねてくるのは珍しかった。 「……何か御用ですか?」 「椿様が応接室のソファで寝ていらっしゃる」 いつも以上に苦い表情を浮かべているのは椿のせいだったようだ。藤沢家の子息にあるまじき行儀の悪さで寝ている姿が目に浮かぶ。穂高は見慣れてきていたが、忠司にとっては許し難い行為なのだろう。 直接嗜めずに穂高に託すところも、椿の存在を認められない心情を表しているように思えた。 「分かりました。お声掛けします」 「あぁ、きちんと送って差し上げろ」 口では敬意を示しつつも、彼の本音は簡単に透けて見える。だらしのない寝姿の椿を一刻も早く格式高い空間から追い出してほしいに違いない。 それで話は終わりだと思って身を翻そうとした穂高を、なぜか忠司は引き止めてくる。

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