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act.9極彩カメリア<1>
休暇の余韻は、開催が迫った体育祭の準備の慌ただしさであっという間にかき消される。
特に演奏会が終わって櫻が動けるようになったことで、応援団の演舞の練習が始まったから尚更だ。今まで生徒会を率いていた忍と櫻がそちらの練習に参加し始め、必然的にその他の役員があとを引き継がなくてはいけなくなったのだ。
「藤沢、来賓への案内はどうなってる?」
「えっと、リストアップと案内状の送付は先月中に終わっています」
「そうじゃない。当日受付から来賓席へのアテンドの話だ。人員はこちらでどのぐらい見積もっておけばいい?」
矢継ぎ早に葵に質問を重ねるのは、体育祭実行委員長である瀬戸。でもこれは意地悪をされているわけではない。忍が不在のあいだの代理として指名したのは同級生の奈央や幸樹ではなく、なぜか葵だったのだ。
葵が答えに詰まれば、会議自体の進行が止まってしまう。昨年度の資料を確認しながらなんとか答えを紡ぐけれど、一秒たりとも気が休まらない。今まで自分がどれだけ上級生の存在に甘えていたかを思い知る。
「……はぁ」
葵にとってはかつてないほど長く感じた会議の時間。瀬戸を筆頭に実行委員たちが続々と席を立つ姿を見て、思わず溜め息が溢れ出る。
だが気を抜いた葵に、不意に振り返った瀬戸が声を掛けてきた。
「そうだ藤沢、伝えてくれたか?」
瀬戸に何か頼まれていただろうか。戸惑っていると瀬戸の表情が一層険しくなった。
「相良さんに、だ。その様子だと何も言っていないのか?」
「あ、すみません。忘れてました」
「あれだけ念押ししたのに」
遥と話す機会なら沢山あった。週末だけでなく、熱を出して休んでいたあいだの日中はほとんど二人きりで過ごしていたのだ。簡単な依頼ごとをこなせなかったことで、ますます瀬戸からの評価が下がるのが悔しい。
でもなぜ瀬戸が葵を経由して遥にコンタクトをとりたいのか、釈然としない思いが残るのも事実。
「遥さんと直接連絡はとれないんですか?」
「いいや。とっているよ」
平然と返されて、ますます瀬戸の意図が分からなくなる。葵の困惑した様子が面白かったのか、瀬戸は珍しく葵に対して笑顔を向けた。
「藤沢を通して気持ちを伝えた時の相良さんの反応が見てみたいから」
そう言い残して瀬戸は会議室を出て行った。一体葵に何を期待しているのだろう。瀬戸に認めてもらうチャンスかもしれないが、こうも掴みどころのない依頼への対処法が分からない。でも一人で悩まず遥に聞いてみたら案外簡単に理解できる話なのかもしれない。
委員長の退出を合図に室内に残っていた委員たちも後に続く動きを見せるが、その中で唯一こちらを見つめている人物の存在に気が付く。
「小太郎くん」
手を振って呼びかけると、彼はハッとした顔になり、少しの躊躇いを見せたあとこちらに駆け寄ってくる。
「実行委員だったんだね」
「あ、はい、なんか成り行きで」
「部活も委員会もあって大変だね。リレーもいっぱい出るんでしょ?」
今日実行委員から共有された資料には、今年度のリレー選手として色々なところに小太郎の名前があって驚かされた。虚弱な体質ゆえに皆に混ざって体育の授業をこなすことすら出来ない葵にとって、こうした行事で活躍する小太郎のような存在は眩しく感じる。
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