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act.9極彩カメリア<5>

「モモちゃんは今日も部屋で食べるの?」 会話するうちにあっという間に寮のエントランスに辿り着く。小太郎はそのまま食堂に直行する気でいたが、波琉が節約のために自炊していることを思い出して確認する。 すると波琉はシルバーに光るカードをワイシャツの胸ポケットから出して見せびらかしてきた。 「実はさ、今日北条さんから貰ったんだよね」 「何それ?」 「生徒会の手伝いする報酬。生徒会出るためにバイト減らすと食費がやばいって言ったらくれた」 波琉は今のところボランティアという扱いではあるが、一日一食は無料で食堂の料理を食べられるよう手配してもらったらしい。やはり彼は年上への甘え方が上手だ。 生徒会役員の特権に比べたら些細な報酬ではあるが、波琉にとってはかなり喜ばしいことのようだ。バイトの量を少し減らせるとか、久しぶりにまともな食事がとれるとか、そんなことを言って笑う波琉に複雑な思いが湧き上がる。 「なぁ、なんでモモちゃんの親はサーフィン辞めさせたいの?」 それぞれが注文したセットをカウンターで受け取って空いた席に座ると、小太郎は改めて彼の抱える事情について尋ねた。 波琉の親はリゾートホテルやスパをいくつも経営している。金銭的には全く困っていないと思っていた。それにそもそも二人のハワイ好きが高じて、子供達にハワイ語の名前を付けるぐらい。ナルという名前も、ハワイ語で“波”を表す言葉が由来だと聞いたことがある。ここまで意固地に反対する理由が思いつかない。 「前話さなかったっけ?俺が溺れて死にかけたからだって」 「それは聞いたけどさ、昔は応援してくれてたんでしょ?学費も寮費も払ってくれないとかあんまりじゃない?」 波琉の実家は海のすぐ傍にある。幼い頃から波に乗ることを覚え、地元の大会にも出場していたらしい。少なくともその頃は波琉の夢を支援していたはずだ。それをたった一度の事故で覆すなんて他人事ながら納得がいかない。 「さぁ、俺にはあの人らの考えてることなんか分かんない」 その言いようで波琉が両親にどんな感情を抱いているのかがよく分かった。なぜここまで拗れてしまったのかが気になるが、これ以上この会話を掘り下げたくないという波琉の意思を感じて小太郎は口を噤むしかなかった。 「そっちこそどうなの?その日焼けは相変わらず俺とサーフィン行ってるってことにしてるんだろ?」 「……まぁ、うん」 今度は小太郎が追及される番になってしまった。 もっともらしい思い出話を聞かせるために、波琉にはサーフィンの用語だけでなく、よく行く海やサーフショップの情報まで教えてもらっている。波琉は小太郎の好きにすればいいと言って面倒がらずに協力してくれてはいるが、思うところはあるのだろう。 波琉の両親とは違い、小太郎の父親は野球に対して前のめりの姿勢でいる。でも小太郎にはそれが重荷だった。地元のプロ野球チームに入って活躍したヒーローの息子として振る舞い続けることは出来ず、こうして離れた地での生活を選んだ。 「今度また一緒に海行こうぜ。波乗ってるとこ写真撮ってやるよ」 お互い事情を深く曝け出しているわけではないが、波琉は小太郎がなぜ逃げ出したかをなんとなく察しているのだと思う。波琉からしてみれば、小太郎の悩みは贅沢すぎるものに感じるはずだ。でも彼は怒るどころか、こうして小太郎の気を晴らすように明るく接し続けてくれる。

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