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act.9極彩カメリア<8>
食事を終えた葵は京介や都古、そして後輩たちとの別れは惜しみつつも、早々に生徒会フロアに引き上げることを選択した。先週授業を休んだ分の勉強と、明日の会議に向けての準備をしておきたいらしい。
「葵、一人で気負うなよ」
挨拶もそこそこに自室に飛び込もうとする葵を引き止めたのは忍だった。
彼が葵を代理に指名したのは、来年度を見越してのことだろう。現状学園中の生徒が、葵が次期生徒会長に名乗りを上げるものだと思い込んでいる。葵自身もそのプレッシャーを感じている様子が時折垣間見えた。
今のうちに上に立つことを覚えさせ、少しでもスムーズに役職を移行できるよう準備してやるのは忍なりの優しさだと感じる。
「お前に全てを負わせるつもりで指名したわけじゃない。その場で決められないものがあれば持ち帰ればいい。そういう立ち回りも覚えて欲しくて頼んだんだから」
こうして出来るだけ葵が受け入れやすい言葉を掛けてやれるようになったのも、忍の変化かもしれない。きっと最大限慎重に接しているつもりなのだろう。随分優しい先輩になったものだ。
「何かあっても責任はぜーんぶ忍と瀬戸にとらせればいいんだから。気楽にね」
忍に乗っかるようにして笑う櫻の言葉はフォローと言えるのか微妙なところではあるが、彼もまた葵への接し方が驚くほど柔らかくなった。演奏会に向けて毎晩共に過ごしていたおかげなのだろう。
「こちらのことは気にせず、応援団の練習頑張ってください。一緒に活動できないのは寂しいですけど、本番楽しみにしてます」
気丈に振る舞う葵の成長も感じられた。冬耶や遥を恋しがって生徒会中に泣いていた子が、頼もしいことを口にするようになった。引っ込み思案で口下手。そんな面影は少なくともこのメンバーの中では見当たらない。
葵は二人からおやすみのキスを額や頬に受けてくすぐったそうに笑いながら自室に戻って行った。
忍や櫻のいる場で葵を誘えばまた面倒なことになる。それをお互い分かっているから、幸樹とは特に示し合わさずとも一度は各自の部屋に引っ込む動きをとることが出来た。
少し時間を置いて廊下に顔を出すと、幸樹はひと足先に葵の部屋の前で奈央を待っていた。
「悪い遊びに誘い出すみたいやな」
「いつかは皆でも行けたらいいんだけどね」
仲間内でこそこそと隠し事を作ることは気が進まない。バレたらそれこそ二人は文句を言いそうだ。だが葵の意思を尊重するにはこんな手段をとるしかなかった。
チャイムを鳴らすと軽い足音が聞こえ、葵が扉からひょっこりと顔を出した。奈央と幸樹が揃っていることに驚いた様子だったが、すぐに室内へと招き入れてくれる。
「あの、ごめんなさい。コップが足りなかったです」
「いいよ、お構いなく。すぐに帰るから」
二人をソファに座らせるなりキッチンに向かった理由はお茶を用意するためだったらしい。
そういえば引っ越しに際し、生活雑貨を一緒に買いに行こうとも約束していた。あの時はプラネタリウムの件が片付いていなかったからはぐらかしてしまったけれど、今ならその約束も果たせる。
「今度の週末、予定空いてるか聞きたくて来たんだ」
「それってもしかしてお買い物のためですか?」
誘いをかけると葵はすぐに目を輝かせて駆け寄ってくる。葵の中でもあの約束はきちんと存在し続けてくれていたらしい。
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