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act.9極彩カメリア<10>

* * * * * * 六月に入り、体育の授業は体育祭に向けての準備にすっかり移り変わった。全員参加の競技がある以上、葵にとっては肩身の狭い時期でもある。 一年生の頃はまだ良かった。玉入れなんて平和な競技で、葵は京介に肩車をされて安全な場所からカゴを狙うことが出来たからだ。コントロールは良くないけれど、それでも何点かはチームに貢献出来たと思う。 けれど今年の競技は二人三脚。どう考えても足を引っ張る未来しか見えない。足の速さで揃える案が出たが、まずは身長でペアを組むことになったのがせめてもの救い。葵の相手は必然的に七瀬になるからだ。 でも七瀬だからといって憂鬱な気分が完全に晴れるわけではない。 「ごめんね。七ちゃんは足速いのに」 葵に合わせていたらビリになってしまうに違いない。体育全般得意な七瀬の活躍の場を奪うことが気掛かりだったけれど、七瀬は全く気にしない素振りで足を結ぶゴムバンドをくるくると回してみせる。 「あのね、葵ちゃん。二人三脚っていうのは、足の速さじゃなくて相性の良さをはかる競技なの。七たちが仲良しだってところ、皆に見せつけようよ」 いざとなれば、七瀬が葵を抱えて走るとまで言って笑わせてくる。葵よりも小柄だというのに、本当にそれが成し遂げられそうなほどパワフルだ。葵が捻挫した左足首を気遣って立ち位置を決めてくれるような優しさもある。 こんな時に七瀬が友達になってくれて良かったと心の底から思えるのだ。 都古の様子を覗き見ると、身長がほとんど同じ生徒とペアを組むことになったのが分かった。怪我の状態を考慮すると見学をさせたいところだが、二人三脚なら全力疾走をするわけではない。 それに都古は嫌な顔をしながらも、クラスメイトと体を触れ合わせることを我慢している。怒るよりも褒めてあげたほうがいいのだと思う。 でも一昨日のような“ご褒美”は……。 「こら、葵ちゃん、集中する」 「あ、ごめん」 都古との戯れをつい思い出してしまいそうだったが、七瀬がそれを止めてくれて助かった。そうでなければ頬が火照るだけでは済まなかったかもしれない。 それから七瀬とは、まずベルトを付けずに肩を組んで走る練習にとりかかる。運動自体には強い苦手意識があるけれど、掛け声を決めて、踏み出す足を揃えるのは思いのほか楽しかった。 「よし、それじゃ付けてやってみる?」 七瀬の提案にも前向きに頷いたはずだった。けれど足首をぐるりとベルトが巻き付けられる感覚が嫌な記憶を引き摺り出す。 暗い倉庫でそうして足首と手首を縛られ、好き勝手に体を弄られた夜の記憶。 「あ、待って」 思わず逃げるように身を引けば、七瀬もその反応に驚いて顔を上げる。 「ちょっと、これ……」 その先は紡げなかった。周りの誰もが笑いながらこなしていることだ。怖いだなんて思うほうがおかしい。けれどバクバクと鼓動を繰り返す心臓は落ち着いてくれないし、頭の奥がひどく痛み出す。

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