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act.9極彩カメリア<13>

倉庫の壁に寄りかかっていると、近くの茂みがガサガサと音を立てる。思わず体を強張らせたけれど、少しの間を置いて現れたのが体の小さな子猫だと分かり、葵はすぐに表情を綻ばせる。 学園の敷地内には野良猫が住み着いている。でも動物好きな生徒たちが餌をやり、世話をしているせいか、人慣れしている猫が多い。だから葵が近づいても、警戒することなく甘えにやってきてくれる。 茶色と呼ぶよりはクリーム色と表現したほうがいい毛並み。単純な一色ではなく、所々に濃い色味の縞模様が入っているのが目を引く。手を伸ばしてみても一向に逃げる気配はない。それどころか甘えるように擦り寄ってくるところが可愛らしい。 「なんて種類なんだろ?」 モフモフとした体の感触を楽しみながら、葵は答えが返ってこないことを承知で尋ねてみる。こうしてたまに出会うことがあれば戯れもするが、特別猫に詳しいわけではない。見た目だけで判別出来るような知識はなかった。 「お腹空いてるの?でもこれしか持ってないからな」 いくら知識がないとはいえ、ジャージのポケットに忍ばせていた飴玉は猫の餌として適さないことぐらい分かっている。レモン味のそれを見下ろしながら、葵はゴロゴロと喉を鳴らしてくる猫と見つめ合った。 「満腹のはずだヨ」 「……え?」 この場には葵と猫しかいないはず。それなのに不意に第三者の声がして、葵は思わず後ろを振り返った。 「さっき餌あげたばっかだから。ちなみに多分そいつ“サイベリアン”って種類ネ。何かと混ざってるかもしんないけど」 どうやら葵の独り言は初めから聞かれていたらしい。でもそんなことより、葵は今自分がどう行動すべきかを一刻も早く考えなければならなかった。 まずは猫を可愛がるためにしゃがみこんでいた体を立たせ、倉庫にいる熊谷の元に逃げ込むのが良いだろうか。いや、それでは無関係の熊谷を巻き込んでしまいかねない。グラウンドにいる都古や七瀬のところに向かっても同じ。 それならこれを好機と考えて彼と対話したほうがいいのかもしれない。京介にはすぐに逃げろを言われているけれど、どう考えても葵の足で逃げ切れるわけもないのだから。 「あの、九夜さん……」 勇気を出して若葉の名を呼べば、彼はこちらに手を伸ばしてくる。てっきりまた首を絞められるのかと構えれば、彼は葵の足元に纏わりついている猫を抱き上げて顔の横に並べてきた。 「あぁ、やっぱり似てる。葵チャンの毛並みに近いと思ったんだよネ」 猫を抱く若葉の動きは手慣れている。それに子猫のほうも葵を相手にする時以上に嬉しそうに甘えているのが葵をさらに驚かせた。

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