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act.9極彩カメリア<17>

リレーの練習は今週に入ってさらに熱を帯びてきた。グラウンドから見える校舎の窓に、体育祭までの日数をカウントダウンするパネルが掲示されたからかもしれない。 休み時間や放課後、学園の至る所で実行委員や応援団の団員、有志たちが掲示物の制作を本格化させたことも、生徒の士気をあげたのだろう。誰がいつ決めたのか分からないスローガンや、学園のトップ二人を団長に据え置いた応援団の団幕を見ても都古は頑張ろうなんて感じないのだけれど。 若葉に怪我を負わされてからもうすぐ二週間が経つ。呼吸をするのも辛かった直後に比べれば、幾分かマシな状態で日常生活を送れるようにはなった。けれど、全力で走るとなると、体に伝わる振動は桁違いだ。今週からバトンパスの練習に比重を置くことになったのがせめてもの救い。 ここまでの練習の結果で決まった走順では、都古は前半の走者に置かれた。七瀬は都古をアンカーにしたがったし、いつもの状態ならこのチームの誰よりも早く駆けられる自信はある。でも今のスピードではこの走順に異論を唱える権利はない。 「烏山のあとは俺が走って取り返すから」 都古の次の番になった上級生は、初めから事あるごとにトゲのある物言いをしてくる。その理由は単に高校生活最後の体育祭に張り切っているというだけでなく、彼が葵のファンであることに起因しているらしいと七瀬が教えてくれた。 いつも葵にべったりと張り付いている後輩に打ち勝てるシチュエーションは、彼にとって願ってもないチャンスなのだろう。 どうせ葵は次の走者には目もくれず、走り終えた都古を抱き締めにやってくるに決まっている。むしろ走順をずらしたほうが視界に入る可能性はあると思うが、そんなアドバイスをしてやる義理はないから好きにさせておいた。 「お疲れ様、はいどーぞ」 ようやく訪れた休憩時間。いつものようにチームの輪には入らず、木陰に向かうと七瀬がタオルとドリンクを渡してくる。初めは素直に受け入れるのに抵抗があったが、毎日のこととなるとこちらも慣れてきてしまう。 黙って受け取ると、七瀬は少し距離を空けて隣に腰を下ろした。 「やっぱあいつムカつく。ボコボコにしちゃってよ」 「謹慎、やだ」 七瀬の視線の先には、あの上級生の姿がある。彼の意見には同意するが、もう葵と離れ離れになることは避けたい。日曜の夜、若葉を待ち伏せて対峙した時にも用件だけ済ませて立ち去ったのはそれが理由だ。 「じゃあさ、闇討ちする?あいつが夜道歩いてるところに七が後ろから近づいてってスタンガンで気絶させるから、その隙に都古くんがやっちゃってよ」 七瀬は葵とペアで語られることも多い。どちらも小さくて可愛いと評価されているが、中身は全くの別物だ。物騒なことしか口にしない七瀬の思考にはさすがに都古も呆れる気持ちが生まれる。 まず彼が一人で夜道を歩くシチュエーションからして有り得ない。それにスタンガンだなんてアイテムを当たり前のように使うことも理解出来なかった。

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