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act.9極彩カメリア<18>
「持ってんの?」
「パパが護身用にくれたの。うちの近くに変質者出て危ないからって」
七瀬に持たせるほうがよほど危険だと都古は思う。面白そうだから、なんて理由で平気で試し打ちをしてきそうだ。
「京介っちに試させてって頼んだらダメって怒られたんだ。丈夫そうなのにケチだよね」
どうやら都古の想像通り、すでに京介を犠牲にしようと試みたあとだったらしい。京介にダメージを与えられなかったら護身用の意味がないし、与えたら与えたで京介にとっては理不尽な暴力でしかない。
突っ込むのも馬鹿らしくて都古は会話を切り上げるつもりで腰を上げかけたが、彼と二人きりの今が相談を持ち掛ける絶好のチャンスだと思い直す。
「あの、さ」
「んー?何?」
いざとなるとやはりうまく言葉が出てこない。都古が何を言い出すのかと興味津々に見上げてくるから余計に気まずさを覚える。
「こっち見んな」
「はぁ?話しかけたのそっちじゃん。喧嘩すんの?こっちはスタンガン持ってるんですけど?」
思わず掛けた言葉はどう考えても間違いだった。七瀬は途端に喚き出す。今は手ぶらだというのに武器の存在をちらつかせて強気に突っかかってもきた。
こうなったら言い回しなど考えず、一言で用件を済ませてしまうに限る。
「練習、代わって」
「ん?んん?え、本気で言ってる?」
喜怒哀楽の激しい七瀬は、すぐさま怒り顔をニヤついた表情に変化させた。それを見ていられなくて、都古は視線を逸らしながら頷きだけを返す。
「このあいだ七が言った通りにしたいってことだよね?練習は七が走って、本番は都古くんがやるって」
都古がもう一度頷くと七瀬は条件があると言い始めた。自分から言い出したことだというのに図々しいと思わなくはない。けれど、七瀬にメリットなど何もないのは事実。何かを奢らされるのを覚悟して都古がその条件を問うと、思いがけない願いを告げられた。
「そろそろ名前で呼んで」
「……は?」
「だーかーらー、七瀬って呼んでくれたらいいよ。都古くんさ、ずーっと七たちのこと“羽田”とか“お前”とか言うじゃん?あれ、寂しいんだけど」
意図してやっているわけではなかったが、言われてみれば彼らを下の名前で呼んだことはなかった。でも彼らから呼び名について言及されたことは一度もないし、そんな気持ちを抱いているなんて知りもしなかった。
京介のことは呼び捨てているし、冬耶や遥のことも下の名前で呼びかけている。それ自体に抵抗はないが、こう改まって頼まれると妙な気恥ずかしさに襲われる。
「もちろん綾のこともね。それが条件。どう?」
グラウンドの脇でこちらを見つめている綾瀬のほうを見やりながら、七瀬は都古に選択を迫ってきた。
常識的に考えたら、都古にとっては何の負担もない好条件。ありがたがりはしても、文句を言う筋合いはない。
だから都古は視線をよそにやったまま、彼の望む通りの言葉を口にした。途端に抱きついてきた体は即座に押し除けたけれど、やけに嬉しそうな七瀬の笑顔につられそうになっている自分がいた。
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