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act.9極彩カメリア<20>

「何か用?」 「あ、えーっと、その、俺、モデルやってて」 「うん、見たことある」 クールな見た目に似合わず、彗はモジモジしながら話しかけてくる。本題にスッと入れないところがもどかしいが、大人がいる手前乱暴にあしらうことも出来ない。何の気なしに相槌を打ってやると、彗は途端にパッと笑顔になる。 「本当に!?ありがとう、めっちゃ嬉しいです」 「……いや、別に。で、何?」 早く本題に入れと突くと、彗は大袈裟なぐらい深呼吸をしてようやく気持ちを決めたらしい。 「小さい時に聖くんたちのポスター見て、同い年ぐらいのはずなのにすっごいかっこよくて……それで、俺もあんな風になりたいって思って」 「あぁ、だからモデルやってるの?」 自分に憧れ、人生を変える選択をした存在がいるだなんて思いもしなかった。コクコクと頷いてくる彗に、少なからず驚かされる。 「この子ね、漢字は同じだけど本名は“ケイ”って読むの」 「あぁっ、ちょっと言わないで!」 「でも聖くんたちと近づきたいからって“スイ”って読ませることにして」 「だからなんで言うの!?」 口止めを試みた彗だが、高田は妨害を物ともせず彼にとっての秘密を楽しげに暴露してくる。顔を真っ赤にして恥ずかしがる彗の姿で、これが聖に媚を売るための社交辞令ではないと信じる気にはなった。 「聖くんさえ良かったら、仲良くしてあげてください。今回一緒になれるって聞いてすごく喜んでたので」 まるで彗の保護者のように高田が代わりに頭を下げてくる。彗もそれに倣って慌ててお辞儀をしてくるが、こんな時にどう返していいのかが分からず、ただ曖昧に頷くことしか出来なかった。 「彗くん、いい子そうで良かったね」 車に乗り込むと、江波はついさっきのやりとりを思い出したように笑い出す。 グループの中には、聖が演じる役を狙ってオーディションを受けた者もいるらしく、そこはかとない敵意を感じることもあった。それよりはああして憧れを抱かれ、好意的に接してこられるほうがマシだとは思った。 けれど、よくよく考えるとファンと一緒に今回の仕事をこなすのはやりづらさを感じる側面もある。 「ダサいとこ見られんのはしんどい」 慣れないレッスンで疲れた体を後部座席に沈ませながら、聖は率直な思いを口にする。 彗が所属している事務所はそれなりに大きなところらしく、モデル以外にも俳優やミュージシャンを育成していると江波が教えてくれた。だからだろう。彗は歌やダンスをそつなくこなしていた。少なくとも聖よりは上手だった。 レッスン中はさして気にしていなかったが、熱心なファンだと告げられたあとではどうにも居た堪れない気持ちに襲われる。 「初めてにしてはよく出来てるって先生も言ってたよ?」 「そのレベルじゃ人から金取れないじゃん。売れっ子アイドルって設定なんでしょ?」 「まぁ、それはそうなんだけど」 気休めの言葉はいらない。そう突っぱねれば、江波は苦笑いの表情を浮かべた。

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