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act.9極彩カメリア<21>
「モデル歴が長い聖くんは自分の魅せ方を十分理解してるだろうし、その要領で歌でもダンスでも良い線行くと思うんだけどな」
「……魅せ方、ね」
江波の言葉で脳裏を過ったのは、以前見かけた伊吹の姿だった。一刻も早く部屋に帰りたかったはずなのに、伊吹が一人で踊っている様に一瞬で惹きつけられた。
今日レッスンを受けたメンバーの中にはダンスを得意とする者もいたが、素人でも伊吹のレベルが桁違いなのは分かる。ドラマのための期間限定のグループだ。彼の域に達するなんて高望みはしないけれど、少しでも近づくことが出来たら。
そんなことを思い描いてみるが、伊吹とはまともに言葉を交わしたことがないどころか、先日ドラッグストアで失礼な態度をとった自覚はある。ダンスを教えてくれだなんて気軽に頼める間柄ではない。
「スケジュール的には結構キツくなると思うけど、個人でも基礎レッスンの機会作ってみる?事務所の近くにあるスクールなら時々お世話になってるから、すぐに頼めるけど」
聖がよほど不安そうな顔をしているように見えたのだろう。車が学園に近づいてきた頃、江波はそんな提案を持ちかけてきた。
ドラマのチームでもレッスンの時間は設けられているし、それ以外にもやることはこれから山ほど出てくるだろう。その状態で更に個人でも、となれば、江波の言うようにかなりハードな生活を余儀なくされる。学業との両立を目指しているから尚更だ。
でもやるからには全力で臨みたい。葵は聖の出演するドラマの放送を心待ちにしていると言ってくれた。大好きな先輩に見られて恥ずかしくないものに仕上げる義務があった。
「あぁ、そうだ、聖くん」
校門前に到着した車から降りようとすると、運転席に座る江波がこちらを振り返った。
「例の撮影の件なんだけど、衣装の相談がしたいから近々会えないかって」
「撮影?」
「ほら、Kってカメラマンの」
ドラマに纏わる件で慌ただしくしていたせいで、その存在のことを失念していた。いや、正確には忘れていたわけではない。深く考える余裕がなかっただけ。
馨からしつこく連絡が来ることもなかったせいでつい放っておいてしまったが、いい加減向き合わなくてはいけない頃合いなのだろう。
「衣装の話ってことは母さんもいるの?」
「どうだろう?コンセプトについて聖くんの意見を聞きたいって話だったから、そこでまとめた話をリエさんに持ってくって段取りだと思ってたけど」
ということはやはり相談なんて建前で、彼は聖と話をするために呼び出したと考えるべきだ。
「わかった。空いてるとこ適当に入れといて」
「了解。でも生徒会の手伝いは大丈夫?」
役員になりたいことも、そのために活動を手伝っていることも江波には話していた。だから放課後どころか今日みたいに日中も使って仕事をするしかない聖の状態を気遣ってはくれる。
「欲を言えば、週二ぐらいは放課後空けてほしいかも」
体育祭に向けて、生徒会の活動はほとんど毎日行われている。爽からは、葵が忍の代理を務めていると聞いたから、そのサポートをしたくて堪らない。毎日とは言わずとも、もう少し葵と過ごす時間がほしい。
「出来るだけ調整する」
江波はそう言ってくれるが、学生の集まりであるグループの活動時間が平日の夕方以降や休日に集中することは分かりきっていた。自分で選んだ道だ。文句は言わないけれど、寂しい気持ちは否めない。
唯一の救いは、今葵が部屋で聖の帰りを待ってくれていること。七瀬と綾瀬なんてお邪魔虫もひっついてはいるが、それでも久しぶりに葵と過ごせるとあってどうしようもなく浮かれてしまっている。
江波への挨拶をそこそこに、聖は今度こそ車を飛び降りて寮へと走り出した。
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