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act.9極彩カメリア<23>

「羽田先輩も肩車してもらったんすか?」 ほとんど口を開くことのない綾瀬を見やりながら爽が尋ねると、七瀬は笑いながら否定してくる。 「七は普通に投げて届くもん。それに綾は地面に落ちた玉拾って葵ちゃんに渡す係やってたし」 何を考えているのか分からない無表情な綾瀬がひたすら玉を運ぶ姿は滑稽で面白い。真面目な顔で“藤沢が頑張ってたから”なんて答えるのも余計に笑いを誘った。 この人も七瀬一筋に見えて、葵には特別甘いように感じる。恋愛感情とは違う匂いがするけれど、葵を大事に思っているのは少ない言葉の中でも十分に伝わってくる。 「ていうかさ、君たちも下の名前で呼んでいいよ。七もそうするから」 「「君たち“も”?」」 七瀬の提案は本格的に仲間として認められたようで喜ばしいものではあったが、言い回しが気になって思わず尋ね返す。聖も同じように思ったようで、声が重なった。 「なんと!実は!あの都古くんが“七瀬”って呼んでくれましたー!」 急にギアを上げた七瀬の声のボリュームだけでなく、その内容にも驚かされた。気に掛けたことはなかったが、言われてみればそれまで都古が彼らを下の名で呼んでいるのを聞いたことがない気がする。そもそも都古が葵以外を呼ぶなんて機会が少なすぎるのだけれど。 「みゃーちゃんが?そっか、そういえばずっと苗字で呼んでたかも」 「そうそう。なんか距離感じて寂しいじゃん?」 「……距離、か」 七瀬の言葉で葵の表情が曇る。その場の誰もがその変化に違和感を覚えたようだったが、皆がほとんど同じタイミングで答えに思い当たった。 葵には下の名で呼べない存在が一人だけ居る。亡くなった弟と同じ名を持つ忍。葵がなぜ彼だけを役職で呼ぶのか気になったことはあったが、あんな理由があるとはあの日冬耶から聞かされるまで想像もしていなかった。 唇を噛んで俯いた葵をどうフォローすべきかが悩ましい。本来なら忍の名前のことだって、この場の誰もが把握していないことになっているからだ。爽は聖と目配せし合ったけれど簡単に答えは見つからない。 最初に沈黙を破ったのは綾瀬だった。 「俺たちは双子だから、苗字で呼ばれると紛らわしいしな」 恋人の失言を上書きするようにもっともらしい理由を付け加えてみせた。 「そうそう、先生たちもあんまり苗字で呼んでこないもんね」 「あぁ、絹川たちもそうだろう?」 綾瀬は七瀬が繋いだボールを今度はこちらに投げてきた。互いに双子同士だからこそ成り立つフォローだ。爽も聖と一緒になって綾瀬の策に乗っかることにした。 「下の名前で呼ぶのはいいけど、見分けつかないみたいでよく間違えてきますけどね」 「入学したての頃とか、名札付けろって言われたもんな」 爽たちの制服のブレザーにだけ名札が付いた光景を想像したのだろう。葵がようやく表情を和らげてくれる。それに合わせてこの空間に漂っていた妙な緊張感も緩んでいった。 それから絹川家、羽田家それぞれの双子ならではのエピソードを言い合うことで湿っぽい空気は完全に取り払われた。葵が興味深そうに耳を傾け、時折笑い声を上げる様子を見てもう大丈夫だと判断したのだろう。全員の皿が空っぽになったタイミングで七瀬たちは席を立った。

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