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act.9極彩カメリア<25>

オフィスのソファで戯れた時のように、爽が葵の背後にまわって逃げてしまいそうな体をガードする。聖に先を譲るのは癪だけれど、昨日の放課後も、そして今日だって爽だけが葵と過ごしたことは事実。こうしてバランスを取ってやらなければ、この我儘な兄は怒り出すに違いない。 「聖くん、待って」 「結構待ちましたよ?こんな風に葵先輩に触るの、いつぶりだと思ってるんですか?」 聖が顔を近づけると、怖気付いた葵が爽に預けた体を後退りしようとする。表情を見る限りは怯えではなく照れているだけのように見えた。だから聖も笑顔を浮かべ続けている。 「手を繋ぐのは?」 「……それは、好き」 「良かった。じゃあ繋ぎましょうか」 聖が差し出した両手に葵は己の手を重ねる。お互いの指を絡める繋ぎ方が羨ましくて、爽は葵のウエストに回した腕に力を込めた。 制服越しでもどれだけ華奢な体格をしているかはよく分かる。この体に一体何をされたのか、想像するだけで胸が苦しくて堪らない。 葵が学園に戻ってきてから二週間が経過した。中間試験をこなし、生徒会の活動だって熱心に取り組んでいる。すっかり日常を取り戻したように見えるが、そう単純な話ではないはずだ。心の傷に蓋をして強がっているだけ。 せめて葵が爽たちを頼り、縋ってくれればいいのだけれど、知らないフリをして欲しがっているのだから余計に辛い。 自分本位な兄も、さすがに葵の様子を慎重に観察しながら事を進めていく。強引に奪うのではなく手を繋ぎながら頬や鼻先にキスを送ってやり、葵側に心の準備が出来たのを見計らってそっと唇同士を重ねていく。爽は葵が安心できるよう、後ろから抱えながら彼の髪を撫でてやることに徹した。 「先輩、気持ちいい?」 「……ん」 「じゃあもっと気持ちいいことします?」 啄むだけのキスに留めていた聖は、その先に踏み出す前に葵の意思を確認した。葵の体からは緊張による強張りはなくなり、爽へと素直に凭れ掛かってくれている。でも聖に問われると途端に肩を竦ませた。 「それって……誕生日の時、みたいなこと?」 聖は深いキスに進んでいいかを問いたかったのだと思う。でも葵はさらにその先のステップをイメージしてしまったようだ。恋する相手に照れながら問われれば誘われているような気がしてしまうが、ここでがっついてしまうのが悪手なことぐらいは判別できる。 「葵先輩がしたいなら大歓迎っすけど、無理させたいわけじゃないです」 「チューだけでも嬉しいですよ?」 誕生日は葵の流されやすさをいいことに、無茶をさせた自覚はあった。あの時と今とでは状況が大きく違うのだから、今日はキスが出来るだけで十分だと言い聞かせてやる。葵の性格を考えたら、二人が望むなら、なんて妙な義務感で無理をしてしまうことがあり得るからだ。

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