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act.9極彩カメリア<26>
「あ、うん……分かった」
葵は二人の言葉に頷きはしたが、安堵と共にどこか物欲しそうな色が滲むのが不思議だった。その答えは葵がさり気なく膝を擦り合わせたことで読み解けてしまう。
「もしかして先輩、チューだけで勃っちゃったの?」
聖も同じことを予測したようだ。自分のキスで反応してくれた喜びが強いのか、オブラートに包むことなどせず直接的な言葉で確認をしたがった。葵は慌てて首を横に振って否定するが、その様子で疑惑は確信に変わる。
「別に遠慮しなくていいっすよ。前みたいにヌイてあげます」
「こうしちゃった責任はちゃんととりますって」
「や、ちがうっ、大丈夫だから」
爽がウエストに置いていた手をベルトに掛け、聖がスラックスのチャックに指を掛けると葵ははっきりとした拒絶を示した。二人それぞれの手に己の手を乗せて引き剥がそうとしてくる。
「怖いですか?」
「それならやめます」
可愛い反応に舞い上がりはしたが、強行する気はない。これが恐怖心からなのか、それとも照れなのかを判別するために二人で葵の顔を覗き込んだ。
「聖くんと爽くんが怖いんじゃ、なくて……」
葵は視線を避けるように俯きながらぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「その……怪我、してて。それを見せたくないだけ、で」
捻挫をしたのは知っていたが、この様子では普段衣服で隠れた場所にも傷が残っているのだろう。二週間という時間では回復しきれないほどの傷が。
六月に入り、爽たちを含め多くの生徒が夏服に切り替えた。でも葵は長袖のシャツにブレザーという出立ちを崩さない。クーラーが苦手な寒がりとは聞いているが、露出を避けているのかもしれない。
「じゃあ脱がなければ大丈夫ってことですか?」
「おい、さすがにダメだって」
「でもそういう意味じゃないの?ね、先輩」
暴力の痕跡を体に残す葵をただ労わりたくなった爽とは違い、聖は都合よく解釈したらしい。やはりこういうところは聖のほうが我が強いと思わされる。
「ベルトだけ外して、ここから手入れて……ほら、脱がなくても出来ますよ?」
「んっ……だ、め」
聖がスラックスとのウエスト部分をなぞりながら囁くと、葵は体を反転させて爽に抱きついてきた。完全に逃げの姿勢をとられて、ようやく聖も諦めがついたらしい。“また今度”なんて言葉を送り、それ以上深追いはしなかった。
「俺とのチューは?それもお預け?」
真正面から抱き締め直して確認すれば、葵はまた困り顔にはなったけれど受け入れるように腕を回してくれる。
久しぶりに重ねた唇は小さくて柔らかくて、そして温かい。
この愛らしい場所にもあの男は触れたのだろうか。不潔で陰気な見た目の教師が脳裏をちらつくと吐き出しそうなほどの嫌悪感が湧き上がる。こうしてキスを繰り返すことで葵の記憶が塗りつぶされてくれればいいのに。
爽よりも先に京介や都古、そして先輩たちが同じ思いで葵に触れたのだと思う。遅れはとっているけれど、気持ちの重さでは負ける気がしない。
それから目安として伝えた時間を過ぎても食堂に現れないことに焦れた都古が迎えに来るまで、三人で手を繋ぎ、キスをして、抱き締め合う、ただ穏やかな時を過ごした。
これで葵に何かをしてやれたとは思わない。けれど少しでも爽と聖からの好意が葵に伝わり、心を守るクッションになってくれればと願うばかりだった。
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