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act.9極彩カメリア<30>
「こんなんだから熱出すんだよ」
叱りながらも洗面所から持ち込んだドライヤーで葵の髪を乾かしてくれる手つきは優しい。毎日のようにしてくれていたはずのこと。それが随分久しぶりのことに感じて、その懐かしさに目頭が熱くなる。
「もっと早く逃げ込んでくると思ったのに。おせーよ、馬鹿」
京介はそう言って葵の頬に伝う涙を拭うように口付けてくる。そのままごく自然に唇が重なった。髪を乾かしている途中だからほんの数度啄まれるだけで終わったけれど、それを素直に寂しいと感じる。
「つーかそれ何?」
「あ、これは……その」
京介の視線の先には葵の足首に巻かれたリボンがあった。そのまま出て来てしまったようだ。
「……リボンが、可愛かった、から?」
「それ本気で誤魔化せると思ってんのか?まぁいいや、後で聞くから」
葵の苦し紛れの言い訳は当然のように通用しなかった。呆れた顔で見下ろされ、そして再びドライヤーを向けられる。
髪が乾き切るまでのわずかな時間、葵はリボンを足首に巻くそれらしい理由を必死に考えてみたけれど何も思いつかなかった。自身も寝支度を整えた京介に抱えられてベッドに転がると、眠気でますます思考力が衰えていく。結局、葵は京介に問われるままに事の経緯を打ち明けてしまっていた。
「競技は辞退しな。それで済む話だろ」
「それはやだ」
「だからってこんな方法で練習してどうにかなる問題じゃねぇだろーが」
京介の言うことは正しいのだと思う。葵が克服したところで、足も遅く体力がないことに変わりはない。クラスに貢献出来るわけではないのだ。努力するだけ無駄なのかもしれない。でも体育祭に向けて団結しようとするクラスメイトの輪の末端ぐらいには入っていたかった。
明日宮岡に会うことや、そこでアドバイスを求めるつもりでいることを伝えれば京介の態度もいくらかは軟化してくれる。でも二度と一人で練習するなとはきつく言い聞かされた。また葵がパニックになることを恐れているとはっきり言われれば、約束せざるをえない。
葵が頷いてようやく京介はいつもの腕枕の体勢をとってくれた。ここで眠るつもりなんてなかった。生徒会のフロアに戻らなくてはいけない。まだわずかに残る理性が訴えてくるけれど、葵を寝かしつけなれた京介の手にかかってしまえばものの数分で瞼が開けられなくなる。
「おやすみ、葵」
テキストではなく直接与えられた言葉は葵を穏やかな眠りに導いてくれた。
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