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act.9極彩カメリア<33>
「本当に葵にやらせる気か?」
計測を終えて隣室に戻ると、櫻はメジャーの一つを手の中で弄びながら暇そうに窓の外を眺めていた。
「今日は相良さんと出掛ける予定なんだろう?帰ってこないかもしれないぞ」
生徒会の活動後、葵は遥と約束があると言っていた。夕食を食べてくるとだけ聞いているが、そのまま遥の家に泊まりに行ってもおかしくはない。櫻の思い通りに事が運ばない可能性があると指摘する。
「そしたら明日頼むからいい」
「いつ?放課後か?」
「昼休み。五分ぐらいで終わるでしょ?」
確かに仲原が忍の全身を測り終えるのに掛かった時間はそんなものだ。櫻の我儘に付き合わせたとて食事の機会を失わせることはないだろう。ただ、演奏会が終わって葵に夕食を運んでもらう大義名分がなくなり、おまけに放課後満足に会えない状況は櫻を苛立たせている。五分で葵を帰す気になるかが怪しいところだ。
「俺でも嫌か?」
忍は妥協案として、仲原ではなく自分が計測に立ち会うと申し出た。それがあまりに意外だったのか、櫻はようやく窓の外から視線を外し、こちらを見つめてきた。
「え、僕の裸が見たいってこと?」
「そんなわけないだろう。葵を使わせたくないだけだ」
ふざけてくる櫻をあしらうと、彼はまた眉をひそめて外を見遣る。自分でも甘えたことを言っている自覚はあるのだろう。
「シャツは脱がなくて構わん。その上から測った数値でも十分だろう?」
「あ、はい。それであれば」
櫻が羽織っているカーディガン越しでは問題だが、その下の薄い生地なら衣装を作るのに支障はない。仲原の後押しを受けて忍は改めて櫻に提案するが、やはり答えはノーだった。
その辺の一般生徒への嫌悪感があるのは致し方ないが、仮にも五年同じ部屋で過ごした仲だ。同列に拒絶されると少なからず複雑な思いに駆られる。
「そろそろ練習に戻らないと。そうでしょ、忍」
櫻は乗り上げていた机から下りて、この話を切り上げてきた。こうなったらもう葵に頼むしかないのだろう。ただでさえ慣れない会長代理の仕事で疲れさせているところに、櫻のお守りなんて役目まで与えるのは可哀想だが仕方ない。
「あぁ、仲原」
櫻は家庭科室の扉をくぐる前に足を止め、早速忍の衣装の手直しに取り掛かろうとしていた仲原に声を掛けた。
「僕はシルバーよりもゴールドのほうが似合うから、ボタンとかアクセサリーはそっちで統一してほしい。あと装飾物の数はもう少し減らして。さすがにゴテゴテして品がないように見えるし、単純に重い。僕は顔立ちがくどいから、もう少しシンプルでも十分映える」
「……あ、はい、分かりました」
仲原は一瞬何を言われたのか分からなかったのだろう。目を丸くしたあと、慌てて言われたことをメモにとっていく。非協力的に見えた櫻が前向きな提案をしてくるとは思わなかったようだ。
「まぁこれはこれで嫌いじゃないけど」
そう言い残して今度こそ部屋を出て行った。仲原に悪いとは思っているのだろう。それは櫻なりの謝罪だった。
「悪いな、うちの女王様は気難しくて」
「いえ、嬉しいです。もっと頑張ろうって思えました」
仲原もきちんと櫻の意図は受け取ったらしい。笑顔で頭を下げられ、忍も櫻の後を追うべく家庭科室を後にした。
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