1577 / 1596
act.9極彩カメリア<34>
* * * * * *
葵が店にやってきたのは、約束の時間を十分ほど過ぎた頃だった。道が思っていたよりも混んでいたらしい。頬を染めていることから察するに、駐車場から店までは最大限急いでやってきてくれたのだと思う。彼のこうしたところが周りから可愛がられる理由なのだろう。
「ごめんなさい、宮岡先生」
「いいえ、大丈夫ですよ。私もさっき着いたばかりですから」
宮岡がお決まりの返事をしてやってようやく葵から申し訳なさが薄れる。
「そうだ、先生。クイズ出してもいいですか?」
葵はそう言って後ろからついてきた遥に腕を絡める。彼とは一度会話したことがあるのだけれど、お互い初対面のフリをしようと示し合わせていた。だが、葵がこれから彼の正体を尋ねるクイズを出してくるのだと思うと、正解していいものか、それとも間違ったほうがいいのか判別が難しい。
案の定、葵は初めてのカウンセリングで描いた図の中にいた人物のうち、隣の彼が誰かを当ててほしがった。
さすがに一発で当てるのは不自然か。そう思って宮岡がヒントを求めると、葵は悪戯っぽい笑顔を浮かべる。その横では遥が必死に笑いを堪えているのが見えた。宮岡の困った様子も、葵の無邪気さも、彼には相当面白く映っているようだ。
「えーっと、それじゃ改めて遥さん、よろしく」
なんとかクイズを乗り越えた宮岡が向かいに座った遥に会釈すると、彼はまだ笑い足りなそうな顔で頷いてきた。
一人分を食べ切れる自信がない葵のために、店の売りであるリゾットとパスタを一品ずつ頼み、それを三人で取り分けることにした。それだけではさすがに宮岡も遥も物足りなさを感じるという意見は一致して、前菜の盛り合わせもテーブルの上に並ばせる。
「それで、今日はどうしたんですか?急ぎで話したいことがあるって言ってたけど」
隣に座る葵はまず初めに前菜の一つであるキャロットラペを食べ切った。それを見届けた宮岡は本題を切り出す。
前回のカウンセリングでは穂高を思い出す兆しを見せてくれた。その続きだと期待していたが、葵の口から出たのは幼いうちに亡くなった弟の存在だった。少し残念に思う気持ちはあるが、彼の中で大きなトラウマになっている問題。早めに着手するに越したことはない。
「この“シノブ”って子ですね。葵くんとは何歳離れてたの?」
葵は好きな人を並べた図にシノブのこともきちんと挙げていた。その名を指し示しながら、宮岡は基本的な情報を探ることから始める。
穂高からの話をもとに粗方把握はしているが、葵は宮岡が何も知らないと信じ込んでいる。それに葵自身の頭を整理させるためにも当たり障りのないところから会話のきっかけを作ることは重要だ。
ともだちにシェアしよう!