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act.9極彩カメリア<39>
「あーちゃん、お兄ちゃんの部屋と和室、どっちがいい?」
ミルクティーを飲み干すと、冬耶が不思議な二択を与えてくる。
「どっちって?」
「だから寝る場所。さっきみたいにお兄ちゃんのとこでも三人で寝られるけど、和室に布団並べたほうが広々するし。どっちがいいかなって」
説明をされてもやはり不思議に思えた。平日はきちんと寮に帰るように。そうして週末にしかお泊まりを許してくれない遥が、何も口を挟まないのだ。
「いいの?帰らなくて」
葵は冬耶ではなく遥のほうを向いて確認する。冬耶はいつも何泊だってしていいと言うし、それでも遥がダメと言えばいくら二人でお願いしても通らないことのほうが多いのだ。でも今夜は遥も笑って許してくれる。
「夜更かしせずに寝るんだったらいいよ。明日早起きしなくちゃいけないんだから」
「うん、分かった」
「もー、お兄ちゃんが誘ったのに。なんで遥に答えるかな」
遥の言いつけに素直に頷くと、冬耶が拗ねた声で抱きついてくる。こうしたやりとりも少し前では日常だった。
今夜寝る場所は冬耶の部屋でなく、和室を選んだ。大好きな兄の香りに包まれた部屋で眠るのはこの上なく安心するけれど、二人の卒業前に行った旅館での思い出に浸れそうだと思ったからだ。
「葵」
早速和室に布団を敷きに向かう兄たちの後を追ってリビングを出ようとすると、陽平に呼び止められる。振り返れば、彼はソファに座ったまま手招きをしてきた。
「おいで、葵」
近づくなり抱きすくめられ、膝の上に招かれる。兄や京介とは違う香り。この家に来たばかりの頃はいつもこの香りに包まれていた。
陽平も、そして紗耶香も葵が最近お世辞にもいい状態とは言えない姿で帰ってくることに対し、何も聞かずにいてくれる。でもきっと冬耶が全てを話しているのだとは思う。そのうえで、ただ温かくいつも通りに接してくれていた。
でもさすがにそろそろ説明を求められるだろうか。身構えた葵に対し、陽平はいつもの朗らかな笑顔を向けてきた。
「体育祭の準備、頑張ってるんだって?京介が言ってたぞ。葵は最近生徒会の活動ばっかだーって」
「京ちゃんが?」
思ったような話題でなかったことにも驚いたが、京介が陽平にそんな話をしているのが意外だった。仲が悪いわけではもちろんないけれど、冬耶に比べれば会話を弾ませている印象が薄かったからだ。
「生徒会は楽しい?」
「うん、大変だけど、でも楽しいよ」
「学校も?」
問われて葵は陽平の目を真っ直ぐに見つめ返して頷いた。
この家を出るのも嫌で、陽平から離れるのも怖くて、いつもこうして彼に抱えてもらっていた。今思えば仕事をこなしながら葵の面倒を見るのはきっと相当に大変なことだったと思う。でも彼は一度だって葵を鬱陶しがったことはない。葵が求めれば、落ち着くまでいくらでも抱き締めてくれた。
「ちょっとだけ後悔してるんだ」
「……後悔?」
葵を引き取ったことだろうか。思考はまだネガティブなまま。そのせいで自然と極端なことばかり考えてしまう。
「どうして全寮制の学校にしちゃったかなぁって。卒業して冬耶が戻ってきてくれたけど、葵と京介はあと二年は寮生活だろう?こうしてたまにしか顔を見れないのは寂しいよ。留年せずにちゃんと卒業して帰ってきてくれよ?」
茶化すように告げられた言葉は、葵の不安を拭うには十分すぎるものだった。今日突然帰ってきたことを怒るどころか喜んでくれる。それに高校を卒業したあとだって、陽平は当たり前のように葵がこの家に帰ってくることを望んでいる。
ゴールデンウィークに友達とばかり遊んだことも陽平にはチクリと詰られてしまった。喜ばしいと思う反面、もっと葵と遊びたかったらしい。夏休みは陽平とも遊びに行くと約束をしてようやく解放された。
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