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act.9極彩カメリア<42>
* * * * * *
忍の読み通り、葵は昨日寮には戻ってこなかった。朝葵の部屋まで迎えに行き、共に食堂に向かうのが日課のようになっていたから、顔が見られないだけで随分寂しく感じられてしまう。少し前までそれが当たり前だったというのに、人はどんどん欲張りになる生き物らしい。
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴るなり、櫻は一つ下の階に足を運んだ。葵には事前に用件を伝え、了承をもらっている。教室の前で櫻の到着を待っていた葵は笑顔だったけれど、その目元は泣いたことを示すように赤らんでいた。
「どこで測りますか?」
「家庭科室。鍵借りてきたから」
仲原から預かった鍵を指先でくるりと回せば、葵は少し残念そうな顔をした。音楽室なら櫻のピアノが聴けると期待していたらしい。
「音楽室にメジャーはないでしょ」
「あ、だからほら、持ってきたんです」
葵はブレザーのポケットから自前のメジャーを取り出して見せてくれた。そこには平仮名で葵のフルネームが記されている。
忍は葵に負担を掛けることを咎めてきたし、櫻だってこれが自分の我儘だということは重々承知していた。だからこんな風に葵が前向きに協力の姿勢を見せてくれるだけで堪らなく嬉しくなってしまう。葵のこういうところに惹かれたのだと思う。
「ピアノならいくらでも聴かせてあげる。僕の部屋に来たらね」
昨夜はきっと泣いた葵を冬耶や遥が慰めたのだろう。でも演奏会の日のように、自分だって葵を優しく寝かしつけてやりたい。彼の好む曲を奏でれば、心地の良い眠りに誘える自信があった。
櫻が葵の目元をなぞってやると、泣いたことがバレたと察したのだろう。葵はどこか気まずそうにしながらも、櫻に身を寄せて甘えてきた。
「えーっと、上から測りましょうか。まずは首回りですかね」
家庭科準備室は昨日仲原がセッティングしたままになっていた。全てのカーテンを閉め、戸締りも済ませると、葵は早速メジャーを手に櫻を見上げてくる。だから櫻も受け入れるように身を屈めてやったのに、葵はちっとも動こうとしない。
「櫻先輩、上脱いで欲しいんですけど」
「うん、脱がせていいよ」
「え?じ、自分でやってください」
櫻にこんなことをねだられるなんて思いもしなかったのだろう。葵は途端に頬を赤く染めて叱ってくる。けれど櫻が素知らぬ顔で黙っていれば、根負けした葵がネクタイに手を伸ばしてきた。
「ちっちゃい子みたいです」
「いいよ、別に」
精一杯の憎まれ口をあっさり受け流すと、葵は拗ねた顔をしてみせる。
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