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act.9極彩カメリア<43>

「僕の服脱がせることが出来るのは葵ちゃんだけなんだから、喜べばいいのに」 葵が今しているみたいに櫻のネクタイを解き、シャツのボタンを外す行為だけでも大金を積みたがる輩が存在する。例え触れることまでは許さなくとも、普段布に覆われた肌を拝めるだけで彼らは十分に有り難がるだろう。 でも葵は櫻の言葉を少し違った角度で受け取った。 「それって、これのせいですか?」 葵の視線の先にはあるのは背中に刻まれた火傷の痕。以前二人で出掛けた時にこの傷の存在を葵には明かしていた。 「まぁ確かにこの傷のこと知ってるのも、月島の連中以外では葵ちゃんぐらいかな?前の苗字と同じで隠してるってわけでもないけど」 素肌を見られるような状況がそもそも櫻にとっては耐え難い。必然的に古傷の存在を話す機会もないだけだ。 「もう痛みはないんですか?」 「うん、全然。直後はしばらく痛みが続いたけどね。うつ伏せでしか寝られなかったのが一番辛かったかも」 葵がメジャーを使って指定された箇所を計測してくるのを大人しく受け入れながら、質問されたことにも素直に答えていく。 櫻にこの痕を刻んだのは律だ。事故ではなく、彼は意図的に櫻をストーブへと突き飛ばしてきた。あの時の律の目を忘れることは出来ない。駆けつけた大人によって病院に運ばれる櫻よりも、それを見送る律のほうが泣きじゃくっていたことも覚えていた。子供ながらにとんでもないことをしでかしたと理解したのだろう。 あの事件を境に、祖父は櫻と律の距離を離そうとしてきたように思う。結果的に櫻は桐宮に通い続けられることが出来たし、そのおかげで葵にも出会えた。生活に支障のない傷など、今はそれほど気にしてはいない。 「どうして怪我したかは聞かないの?」 しばらく黙って計測を続ける葵に、櫻はふと湧き上がった疑問を投げかける。会話の流れとしては火傷の原因についても尋ねるのが自然に思えたのだ。問われた葵の表情を見るに、思い浮かばなかったわけではなく、あえて尋ねてこなかったのだと分かる。 「葵ちゃんってそういうところには踏み込んで来ないよね。僕の苗字の話をした時だってそう。別に気を使わなくたっていいよ。こういう話が嫌ならそもそもしないし」 葵と面識のある律が犯人だと知らせたらきっと困らせてしまうだけだが、それは櫻が伝え方を調整すればいいだけの話。葵に問われて嫌だと思うことはない。でも葵はますます複雑そうな顔で押し黙ってしまった。

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