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act.9極彩カメリア<46>

学園の噂には興味のない波琉でも、葵に関しての話は中等部時代からいくつか耳にしたことがあった。前年度の生徒会長に寵愛され、特権だらけの役員の座を勝ち取ったなんて悪意のある捉え方をしている者もいたが、たった数日過ごしただけでも葵が真面目に役員を務めていることは理解できた。少なくとも一部で思い描かれているあざとい妲己のイメージとはかけ離れている。 生徒会室にはすでに奈央の姿があったけれど、挨拶もそこそこに仕事だと言って出て行ってしまう。各部や委員会の予算だけでなく、今回のような行事に関するお金の管理も担っているのだから相当に忙しいポジションなのだろう。 「で、なんで俺はお留守番なんすか?」 鞄を置いて早速体育祭実行委員の拠点に向かおうとする葵を、爽は背後から覆い被さるように抱きついて引き止める。波琉はてっきり彼も一緒に来るのだと思っていたが違うらしい。出会った時の不機嫌さにも納得がいった。 「爽くんには他にやってほしいことがあるって伝えたでしょ?」 「それは分かってますけど」 「すぐに帰ってくるから、そしたら一緒にやろう?ね?」 見た目では爽のほうが圧倒的に大人っぽいはずなのに、頭をポンポンと撫でながら宥める葵の姿はきちんと先輩らしく見えるから不思議だ。 爽はそれ以上我儘を言わずに葵から離れたが今度は波琉に一言だけ小声で告げてきた。 「葵先輩、一人にすんなよ」 近づくなとかそういう牽制ならまだ分かる。恋焦がれている相手とぽっと出の波琉が二人きりになるのが面白くないという心理自体は理解出来るから。でも爽が求めたのは真逆のことだった。その意図を探ろうとするが、爽はすぐに机に戻り、言いつけられた作業に取り掛かってしまう。 「まずは一階の多目的室に行こうか。得点パネルはもうほとんど仕上がってるみたいだから」 「あ、はい」 こちらのやりとりには気が付かず、葵は昨日実行委員から受け取った資料を見ながら話しかけてくる。その背を追って、波琉も生徒会室を後にした。 目的地はグラウンドに一番近い昇降口付近にある一室。波琉はまだ一度も足を踏み入れたことのない場所だったが、普通の教室二つ分の大きさがあるそこはこうした学園行事の準備室としてよく利用されるらしい。 何事も先輩らしく教えようとしてくれる葵の声に耳を傾けつつ、波琉は先ほどの爽の言葉を振り返る。 波琉は葵の手伝いとして同行している。別々に行動するはずはないのに、なぜ爽はわざわざ指示してきたのだろう。 学園内で葵を一人にして何の問題があるのか。思いつく危険といえば彼を性的な対象として見ている生徒の存在だが、いくらなんでも生徒会の役員相手に大それたことを考えるわけがないと波琉は思う。 でも万が一、邪な思いを抱く生徒に腕を引かれ押し倒されれば、きっと葵の体格では逃れられないだろうとも感じる。風になびく襟足から時折覗くうなじはほっそりとしているし、身振り手振りをしながら話すたびにワイシャツの袖口から見える手首もきつく力を込めて握れば折れてしまいそうなほど華奢だ。

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