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act.9極彩カメリア<47>
到着した多目的室では体育祭の実行委員たちが騒がしく作業に勤しんでいたが、ペンキの匂いを逃すために開け放たれたままの扉から葵が顔を出すと途端に喧騒が止む。その中には、この学園では気兼ねなく付き合える数少ない友人の姿もあった。
「これが得点パネルの台座ですね」
「そうそう。数字のパネルも全部チェックする?これにハマるように作ってるから、瀬戸はこれだけ確認すれば問題ないって言ってるんだけど」
「あぁ、そうですね。全部は必要ないですけど、一応何枚かは測らせてほしいです」
葵がこの部屋のリーダー格らしき三年と会話を始めるのを見届け、波琉は部屋の隅に控える小太郎に近づく。
「あれから連絡したん?」
「……してない。結局文面悩みすぎて」
波琉の指摘に小太郎は苦笑いを寄越した。オリエンの土産を未だ渡せていないことがわかったのは月曜の話だ。あれから今日に至るまで彼はまだ何の行動も起こせていないらしい。
小太郎は思い立ったらすぐに行動できるタイプのはず。でもこれほどうだうだと悩んでいるということは、彼にとって葵が初めての感情を抱く相手だからに他ならない。波琉はとっくに確信しているのだが、当の本人はその恋心にちっとも気が付いていないようだ。
今だって波琉よりも葵のほうに視線を奪われてしまっているのに。
「ならさ、ここのチェック終わった後しれっとついてこいよ。そこで直接話したほうが早いって」
「え、直接?それハードル高くね?」
「高くねぇよ。たかだか土産渡すぐらいで」
波琉の提案に小太郎は明らかに怯んでみせた。チョコレートを入れた鞄は教室に置いてきたと言い訳もするが、それなら渡したいという意思だけでも伝えろと言い返すと黙ってしまう。
「いい感じでアシストしてやるって」
ダメ押しのように背中を叩くとようやく小太郎は頷くが、その表情はどうにも頼りない。けれど、もう一言掛けてやろうかと口を開き掛けた時に彼は突然部屋の真ん中へと駆け出した。そこには一人でパネルの計測を始めている葵の姿があった。波琉も慌ててその後に続く。
葵が持参したメジャーでは長さが足りなかったらしい。それに端を押さえながらメジャーを伸ばすことにも苦戦している。本来なら波琉が手伝ってやらなければならないことは重々承知の上ではあるが、さっきまで会話していたはずの上級生がその光景をニヤニヤと見下ろしているのが全く理解出来なかった。
「俺たちで測るんで、藤沢さんは数字記録してもらえますか?」
上級生の視線が四つん這いになった葵の下半身に注がれているだけでなく、近くの生徒と何やら小声で下卑た単語を交わしているのも気が付く。目の前で行われるにはあまりに気分の悪い光景だ。
小太郎は純粋に困っている葵の手助けをするつもりだったようで上級生の様子は察していない。だから波琉はそう言って葵の体勢を変えさせた。
「あ、うん、ありがとう。二人のほうが腕長いもんね」
葵本人もどんな目で見られていたか自覚していないようだ。嬉しそうに微笑んでくる葵に、彼が過保護に守られる理由に納得出来た気がした。
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