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act.9極彩カメリア<48>
やるべき仕事を終えて教室を出る葵に続きながら、波琉は小太郎に合図を送る。小太郎はまだ迷っている顔をしていたが、これほどいいチャンスはないと思い直したらしい。仲間に抜けることを伝えると、後を追ってきた。
「あの、藤沢さん!」
昇降口を出たところでようやく小太郎が声を掛けてきた。葵は急な呼びかけに驚いた素振りを見せたが、声の主が小太郎だと分かるとすぐに口元を緩ませる。
「さっきは手伝ってくれてありがとう」
「あ、いえ、あのぐらい全然。ていうか、言ってくれたら俺測っておいたのに」
「気持ちは嬉しいけど、それだと“生徒会がチェックした”ってことにならないから」
葵のもっともな指摘に、小太郎は恥ずかしさを誤魔化すように明るい茶髪を掻き上げた。
幼稚園とか小学校の時に好きな子ぐらいいたと言い張ってはいるが、彼の性格を考えると周囲の話に合わせて誰が可愛いとか優しいとか、そんなことを言っていた程度だと思う。だからきっとこれは小太郎にとって記念すべき初恋というわけだ。
他人の、それも仲の良い友人の恋の行方を見守るのはむず痒さを覚えるが、微笑ましさも感じる。さっきのように欲望丸出しの猥談に花を咲かされるのとは大違いだ。
「前に話しかけてくれた時の続き?」
葵のほうから本題に入りづらそうにする小太郎に助け舟を出してやった。波琉がフォローするまでもなく、葵が引っ張ってくれそうだ。だから傍観者に徹することにする。
「あ、はい。あの、ちょっと聞きたいことがありまして」
波琉はストレートに用件を伝えろと教えたはずなのに、小太郎は葵の好みを確認するところから始めるつもりらしい。焦れったいが面白い。
「甘いもの、好きですか?」
「うん、好きだよ」
「じゃあチョコレートとかも……?」
「うん、大好き」
葵が答えるたびに小太郎の表情が明るくなっていく。とことん素直な奴だと思う。
「実はこのあいだのオリエンで藤沢さんへのお土産に、チョコレート買ってて。今は持ってないんですけど、それを今度渡せたらなと思って」
「……あ、そういえばお土産があるってメッセージくれてたよね。ごめん、あの時熱出ちゃってたから読んだのすごく遅くなっちゃって、返信も出来てなかったよね」
どうやら小太郎は土産の存在だけは伝えられていたらしい。だが返信がなかったことで不安になっていたのだろう。それなら小太郎がやけに臆病になっていたことも分からなくはない。
「藤沢さんが声掛けてくれたから二人と仲良くなれたんで、そのお礼というか……」
小太郎は彼なりに土産を用意した理由を考えてきたらしい。波琉からすれば厄介な双子を任された小太郎こそ感謝されるべきだと思うのだが、彼が幸せならそれでいい。
チョコレートの受け渡しに関してはまた連絡を取り合うことでこの場は落ち着いたが、小太郎はもう一つ葵に話しておきたいことがあるらしい。
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